ブロックチェーンを農業に活用、3つの事例から考える

編集部

投機的な側面から注目された暗号資産業界だが、現在、その背後の「ブロックチェーン」をいかに実利用するかということにも目が向けられている。

現状、ブロックチェーンの応用が進んでいるのは、サプライチェーンの世界だ。そして、このサプライチェーンを架け橋にして、いままで情報技術の活用が遅れていた農業分野でもブロックチェーン技術の導入が進められている。

ブロックチェーンの性質には、誰もが閲覧できる「透明性」と、一度書き込んだものを改ざんできない「完全性」があることがよくいわれている。

暗号資産の草分けとなったビットコイン(Bitcoin)は、誰もがその取引履歴を閲覧でき、政府の干渉なしにネット上を流動する通貨として、いまや世界中にその名が知れ渡った。

ビットコインが分散的といわれる所以は、従来的な通貨のように政府に信用が担保されているのではなく、ブロックチェーンの「アルゴリズム」が信用の源になっているからだ。

サプライチェーンと相性が良いブロックチェーン

一方、食料供給の問題として、食料が世界的を往来する現代では、生産者と消費者のあいだに、いくつもの仲介業者を経由することが多くなり、これが供給プロセスの複雑化を招いている。

この複雑なプロセスが原因となって、流通の不確実性が高まるだけでなく、生産現場の実態に目が届きにくいという問題が生じる。

また一般消費者レベルでも、「食」の安全性や、開発途上国とのフェアトレードといった生産方法への意識が高まっている。最近では信頼できるはずの大手小売業者の産地偽装が問題にもなり、サプライチェーンの透明化は喫緊の課題ともいえる。

食品のサプライチェーンにおいては、公開されているデータの信頼性がきわめて重要であり、改ざんが不可能なブロックチェーンは、この点でサプライチェーンと非常に相性が良い。そのため、サプライチェーンをブロックチェーン上で管理しようとする動きはすでに世界的にみられる。

農林水産業でのブロックチェーン導入事例3選

マグロをブロックチェーンで管理~漁業での取り組み


海洋をつうじて共有される水産資源は、乱獲などによる生態系の影響を受けやすく、漁獲高は国際的なルールで規制されている。しかしながら、違法な漁業は世界規模でおこなわれており、その規模は年間100億~230億米ドルと推定されている

違法な漁業は世界の水産資源の生態系を乱すことだけでなく、その現場では労働力として人身売買がおこなわれていることも国際的な問題となっている。

これらの問題に対し、2018年に国際NGO組織の世界自然保護基金(WWF)は、Blockchain Supply Chain Traceability Projectを立ち上げ、マグロのサプライチェーンをブロックチェーン上で管理するプロジェクトをオセアニア諸国で開始している

このプロジェクトは、捕獲したマグロにRFIDなどのICタグを装着し、個体のIDをブロックチェーンに記録することで、マグロが合法的な経路で供給されていることを認証するシステムの構築が目的である。

また、飲食店で提供されるマグロのサプライチェーンが確認できるようになることで、消費者側においても違法漁業への意識変革が期待できる。

こうした国際的な問題をブロックチェーン技術で解決しようとする試みは木材市場でも行われている。

ブロックチェーンで森林保護~林業での取り組み

森林生態系や気候変動への影響から、持続可能性を損ねる森林の過剰伐採は、世界的な問題として長年に渡り掲げられてきたものの、違法伐採はあとを絶たない。

インターポールによると、木材の国際貿易の15~30%が違法木材であり、年間500億~1500億米ドルが市場で取引されていると推定されている。さらに、主要な熱帯雨林の木材は50~90%が違法伐採によるものとみられ、これらの多くに、森林保護の政府職員の汚職が深く関与しているとされる。

これらの問題に対しては、既存の多くの森林保護活動にくわえて、ブロックチェーンを活用した新たなプロジェクトが世界中ではじまっている。

スペインの農業食料環境省が設立したChainWoodは、ブロックチェーンを用いた林業のサプライチェーンの構築を目的としており、EUのEAFRD(欧州農村振興農業基金)の助成を受けたプロジェクトが進行中である。ChainWoodはスペイン6都市の業界メンバーによって構成されており、最初にポプラ、クリノキ、オークの木材に対してサプライチェーンの追跡が実施される予定だ。

また、インドネシアのCarbon Conservationは亜熱帯林の伐採地域で多発する土地の開墾が目的とみられる火災を減らすことを目的としており、火災発生率を下げればパーム油農園に報酬を与える仕組みをブロックチェーン上で管理する実証実験を実施している

より日常的な物に対してもブロックチェーンが活用されている。それはコーヒーのフェアトレードだ。

フェアトレードにもブロックチェーン~コーヒーへの応用


1日2ドル未満で暮らす人も多いとされるコーヒー生産国では、コーヒー豆の売上の多くが仲介業者に中抜きされ、労働者はタダ同然の賃金で働かされているという貧困の問題がある。

こうした富める者がますます利益を得て、貧しい者がますます生活が苦しくなる経済格差の構図は南北問題として知られる。

フェアトレードは欧州を中心に1960年代に始まり、1990年代に急速に広まった運動であり、開発途上国で作られた製品を対価に見合った適正価格で取引することで、生産者の地位と生活の向上を目指したものである。

コーヒーのフェアトレードを促進することを目的としたFairtrade Internationalや、持続的なコーヒー業界を目指すSustainable Coffee Challengeなどのプロジェクトには多数の企業が参加し、日本でも多くのフェアトレードのコーヒーが販売されている。

フェアトレードにブロックチェーンを利用する試みとして、スターバックスはBean to Cupというプロジェクトを立ち上げている

このプロジェクトは、コスタリカ・コロンビア・ルワンダの2500万人の小規模農家と連携したパイロットプログラムとなっている。ブロックチェーンを利用した透明性のあるサプライチェーンを構築するとともに、生産方法の支援を行い、持続的な農業により生産性を3倍に増やすことを目標としている。

これからの農業とブロックチェーン


だが、サプライチェーンへのブロックチェーンの活用には、一つ大きな落とし穴がある。

ブロックチェーンは情報の改ざんが困難だという性質があるものの、これは書き込まれた情報が正しいことを意味してはいない。そもそもの情報が正しくない可能性があるからだ。

はじめに情報を入力する際に、間違いや違反が起きる可能性をできる限り排除しなければならない。最初にとりあげたプロジェクトでは、今後、人の手を介する情報の入力を減らし、機器による情報の自動化を課題としているほどだ。

ビットコインにおいては、すべてがデジタルデータで完結するため、ブロックチェーンの完全性を保つことができる。しかし、ブロックチェーンを物理的な現実世界に応用する際には、実物をデータに変換しなければいけない過程が信頼性のネックとなる。

このようにブロックチェーン技術を利用する際には、注意しておかなければならない点があるものの、社会問題のソリューションとしての推進力は大きい。ここ数年で情報産業が農業に大きく進出してきた印象があり、AIの導入が人手不足に悩む農業の解決策として最近報じられる。サプライチェーンに限らず農業のエコシステムを改善していくプロジェクトが今後も登場することを期待する。

※最終更新日:2020/01/27/17:41