メディアとして使命感を持って業界を健全な方向へ導きたい:N.Avenue株式会社 神本侑季

松嶋真倫

インターネット黎明期に孫正義は、当時アメリカで業界最大手と言われていたイベント会社コムデックスと出版社ジフデービスを買収し、両社を新しい時代を切り拓く為の「地図とコンパス」と表現した。これらを手にして見つけ出した原石が、これまで日本のインターネット文化を作り上げてきたYahoo!である。そのYahoo!ジャパンの生え抜きとしてキャリアを積みながら、暗号資産・ブロックチェーン業界に次の時代を見据える人がいる。業界最大手メディアCoinDeskの日本版「CoinDesk Japan」を運営する、N.Avenue株式会社のCEO神本侑季氏だ。今回、Yahoo!のメディア事業にも携わってきた同氏が暗号資産そしてメディア業界への想いを語ってくれた。

東京都出身、明治大学商学部卒。2013年にヤフー株式会社に入社。「Yahoo!ニュース」を中心とするメディア事業の開発に従事した後、海外のテックベンチャーと共にコンテンツマーケティング領域での新規広告事業立ち上げを担当。2018年7月より、ヤフー株式会社100%子会社であるZコーポレーション株式会社にて暗号資産・ブロックチェーン領域での新規事業開発に従事。 同年11月に業界最大手メディアCoinDeskの日本版「CoinDesk Japan」やイベント等を運営する事業会社N.Avenue株式会社を立ち上げ、2019年9月より同社代表取締役CEO。

モノづくりに伝える側として関わりたい

三姉妹の次女として東京で生まれ育った神本氏は、幼い頃から一人で黙々と絵を描くことや何かモノを作ることが好きであったという。姉妹揃ってピアノや書道、そろばん等多くの習い事をしてきたが、唯一アトリエ教室だけが好きで続けることができた。人に何かを言われることなく自由に自己表現できることが性に合ったのだ。そして、この幼くして生まれたモノづくりへの興味関心は、家族旅行で海外のコンテンツ文化に触れたことをきっかけに、映画やファッション、ダンスの世界へと次第に広がっていった。

「モノづくりをする側の人になりたいと思っていた」と当時を振り返る神本氏は、進路選択の際に芸大に行くことも考えたが、現実的な両親の反対もあってその道を選ぶことはできなかった。結局、社会的に汎用性の高い商学を大学で専攻することになったのだが、学生生活を送る中でも、どうしたらモノづくりに関わることができるのか、と日頃から考えていたという。そこで出た答えが”伝える側”に立つことだった。モノを作る人、そして彼らが作るコンテンツの価値を最大化する手助けをしたい。同氏はそんな想いを持って就職活動に臨み、Yahoo!に入社することとなる。

Yahoo!の根幹事業に携わって見えた業界の構造問題

「Yahoo!入社の決め手は六本木が好きだったから」と話す神本氏はインタビューで話していてもどこか自信が漂う。入社時から持ち前の明るさで周囲とわいわいしながらも誰にも負けないという強い意志を密かに持っていた同氏は、同期のほとんどが営業に配属される中、一人だけ中途しかいないYahoo!ニュースを中心とするメディア関連部署の企画職に当時新卒として初めて配属された。胸の内で熱く燃えるものを人事部は見逃さなかったのだろう。当然そこでは新卒向けの教育プログラムも整っておらず、自由度の高い環境で与えられたことは何でもこなした。

この時神本氏が主に担当したことは、Yahoo!ニュースの特集ページを組む上で社内外のコンテンツホルダーと様々な調整を行うことであった。100社程の担当メディアの人たちと話す中で、彼らとプラットフォーマーである自分たちとの力関係に疑問を持ったという。今でこそAI技術などの発展によりニッチな情報もパーソナライズされてユーザーに届くようになっているが、当時はトラフィックがなければコンテンツの良し悪しに関わらずメディアが潰れてしまう時代で、皆がマス向けの情報をいかに届けるかに躍起になっていた。その為にはYahoo!ニュースにコンテンツ提供するのが手っ取り早い。このプラットフォーマーとコンテンツホルダーの歪な構造を情報の多様化を促進する為にも改善しなければならないと、同氏は考えた。

神本氏はこの問題に挑戦するべく社内新規事業に手を挙げた。そこではイスラエル発のAIスタートアップと組んでコンテンツ解析そしてレコメンド機能を備えた新しいプロダクトを作るなどして一時の手ごたえを得たが、結局はプラットフォーマー側で出来る事は限られており、その後も記事広告などコンテンツマーケティングの啓蒙活動に携わったりしたが、「数年がむしゃらに取り組んでも業界構造が変わる兆しは見られなかった」と同氏は語る。

ブロックチェーンはプラットフォーマーに偏ったお金の流れを改善しうる

神本氏はそんな解決策の見えない暗がりの中でブロックチェーンを知った。この新技術が生み出す分散化の流れはGAFAを中心とするプラットフォーマーの独占問題を解決しうる。おそらくこのP2Pの概念が広まっても情報の流れは今後も大きくは変わらないだろう。ユーザーからしても情報はどこかにまとまっている方が良く、その意味でプラットフォーマーが果たす役割は大きい。しかし、一方に偏っていたお金の流れはブロックチェーンによって大きく変わるのではないだろうか。それによってコンテンツや様々な価値のあるものとユーザーとの出会いの幅が広がり、社会がもっと豊かになるのではないだろうか。

そんな期待を持っていると、チャンスが目の前に転がり込んできた。それが2018年1月にYahoo!前社長の宮坂学氏が立ち上げた事業投資会社Zコーポレーション株式会社への出向である。これを機に神本氏は暗号資産・ブロックチェーン業界に本格的に参入することとなったが、実際に調べてみると業界に対してどこか違和感を感じたという。暗号資産の投機に沸く人、分散化こそ全てと傾倒する人、支持する資産コミュニティ同士の対立など色々な立場の人が各々好き勝手に主張していて、その多様性自体は決して悪いことではないのだが、どこか業界全体が混沌としている。何がその空気感を作りだしているのか、と考えた時に真っ先に浮かんだのが“健全なメディア”の欠如であった。

使命感を持って業界を健全な方向へ導く

何を持って“健全”と呼ぶのか。神本氏はジャーナリズムにアツいYahoo!ニュース事業での経験を通じて、いわゆるメディアリテラシーというものを痛いほど叩き込まれてきた。その目で業界を見た時に、一次情報にあたりファクトベースで情報を伝えること、読まれずとも読者に伝えるべきことは取り上げること、コンテンツの質を落として量に走らないことなど、メディアとして当たり前に思われることを真摯に守るメディアがほとんど存在していなかったのだ。特に、お金の話が絡む本領域で、裏の取れていない投機情報は致命的だ。デジタルメディア自体が儲からない時代に、いかにコンテンツを安価に量産するかという発想になるのは仕方がない。しかし、業界の行く先がわからない状況では、情報の伝え方次第で業界全体が海に沈んでしまう可能性すらある。

神本氏がこのような危機感を抱き、2019年3月にN.Avenue株式会社として新しく立ち上げたメディアが「CoinDesk Japan」である。Yahoo!ニュースのジャーナリズムを受け継ぎ、編集チームにはBloombergやNHK出版、ZUU onlineなど金融×メディア領域で経験豊かな人材を招き入れた。業界に閉じた話ではなく社会的影響度の高いトピックを慎重に取扱い、創刊わずか半年足らずだが、今ではYahoo!ニュースにも記事が掲載され、ビジネスマンを中心とする多くの人に日々の情報が届けられている。

かつて乱立したビュー重視のメディアは大部分が淘汰され、情報の健全化は少しずつ進んできた。しかし、未だに事業者(開発者)と政府関係者、学術者それぞれで業界に対する見解は異なっており、「業界の統制をとるためにも、彼らが対話する機会を作り、それを世間に広く伝えなければならない」と神本氏は話す。

N.Avenue株式会社は10月に各方面の要人を招き、業界イベント「b.tokyo」を開催することが決まっている。神本氏は、まさに冒頭に述べた「地図とコンパス」を駆使して、業界の情報インフラを整えようとしているのだ。その中から創業時のYahoo!のような“宝”が見つかり、インターネットの時のように、国内のブロックチェーン文化が出来上がっていくのかはわからない。ただ、同氏から感じられる強い使命感にそのような明るい未来を期待してしまった。

※ 本インタビューは、2019年7月に実施しました。

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