ブロックチェーンとIoTを活用して医薬品認可を高速化:中国

島田 理貴

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中国では、サプライチェーンにおけるブロックチェーンの活用が進んでいる。今回はそのなかでも医薬品や医療機器のサプライチェーンにおけるブロックチェーンの活用事例を紹介しよう。

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サプライチェーンにおける2つの課題

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サプライチェーンにおいて、ブロックチェーンが解決する課題は2つある。1つは、来歴証明の困難性。もう1つは、改ざんリスクから生じる不信感である。

あらゆる業界のサプライチェーンにおいて課題となっているのは、物の出所や来歴を明確にする手段がなく、仮にそれらをデータとして管理していても、誰かによって改ざんされるリスクがあるということだろう。それによってバリューチェーンの一部に不利益ないし非効率が生じている。

たとえば、誰かが郵便物に記された出荷日や出荷センターの表記が事実であることを第三者に証明しようと思っても、それがいかに多大な苦労を伴うことなのかはすぐに理解されるだろう。あるいは配送業者の側からしても、伝票に記されたサインが本当に受取人本人のものかを証明するのはきわめて困難である。

実際の大規模なサプライチェーンにおいては、このような来歴情報が真実かどうかを確認する作業が不可欠になる。だが、上述したような事情から既存のサプライチェーンシステムにおいては、その検証作業に多大な非効率が生じており、その結果、あらゆるステークホルダーが不利益を被っている

むろん、わざわざブロックチェーンを用いなくても、IoTや高度に最適化されたデータベース、リアルタイム通信といった情報技術を駆使することで、ある一定の水準における問題解決は可能だろう。

だが、それはあくまでもある水準を飛び越えることはない。なぜなら、ブロックチェーン以外のあらゆる情報技術が、つねに改ざんのリスクを多分に含んでいるからだ。

改ざんのリスクは、より大げさな検証作業をシステムに持ち込み、根も葉もない不信感を人々に抱かせる。システムが巨大になれば、それだけエラーも増える。また、人の心の陰の側面は往々にして想定外のトラブルを引き寄せる。

ブロックチェーンはいかにして課題を解決するのか:農作物物流の例

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暗号技術を駆使したブロックチェーンは、改ざん検出が容易なデータ構造を有している。そのようなブロックチェーンをサプライチェーンに適用することで、2つの課題は1度に解決されるだろう。

たとえば、ブロックチェーンを利用したサプライチェーンシステムにおいては、「ある農家が、ある作物を、ある日時に出荷した」という情報を含む電子署名が、改ざん困難かつ検証可能な形で保存される。

しかもブロックチェーンにおいては、トランザクションそのものに個人情報を含む必要がないため、それらの履歴をコンソーシアムないしパブリックに向けて開示することもできる。

つまり、ある作物の来歴情報が、改ざん困難かつ追跡可能な形で記録され、そしてそのデータが参照可能な環境に置かれるのである。

したがって、その作物に関わる加工業者や配送業者は、非効率を解消することができるだろうし、消費者としても、その作物に添付された情報が、ブロックチェーンによるシステムで検証、記録されたものであると知っている限りにおいて、安心を得ることができるのである。

この農家の例は、あくまでもサプライチェーンにおけるブロックチェーン活用事例のごく一部でしかなく、実際の事例をみるとその活用手法は様々である。それはサプライチェーンの多様性に起因するものであり、また、ブロックチェーンの実装やその周辺技術との組合せの多様性にも起因するものでもある。

今回は、そんな多様性の一側面に光を当てるため、中国における医薬品認可プラットフォームの事例を紹介しよう。

中国の医療観光区画にブロックチェーンプラットフォームを導入

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中国の海南省瓊海市博鰲鎮には、国際的な医療観光区画であるBo’ao(博鳌乐城)という特区が設置されている。

2019年2月、海南省人民政府はこのBo’aoにおいて、医薬品や医療機器の審査プロセスをより迅速にするため、ソフトウェア開発企業のNeusoft Groupにシステムの開発を委託した

Neusoft Groupは以前よりSaCa Echo TrustというHyperLedgerベースのBaaSを提供しており、Bo’aoには、この製品を基礎として開発された医薬品および医療機器のトレーサビリティ管理プラットフォームが導入された。

医薬品および医療機器の認可プロセスにおける課題

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従来の医薬品および医療機器に対する認可プロセスにおいては、国務院の医薬品監督管理機関による承認が必要であった。

したがって、医薬品メーカーや医療機器メーカーはすべての未承認医薬品ないし医療機器について、まずは国家レベルの機関に承認申請をしなければならず、承認機関の組織的特性からそのプロセスは複雑化し、認可を得るまでに相応のタイムラグが発生してしまっていたのである。

このような課題に対し、より確実かつ迅速な医薬品および医療機器の認可を可能にするため、2018年4月には、国務院がBo’aoにおける「医療機器の監督と管理に関する規則」を停止し、Bo’aoに限っては、海南省人民政府による承認のみで認可済みと見做す特例措置を実施していた。

また、2018年12月には、医薬機関から商用医薬品(ワクチンを除く)を緊急で輸入する際の申請についても、海南省人民政府による承認制に変更した。

しかし、こういった規制緩和だけでは、安全かつ信頼できる医薬品や医療機器の認可を実行することは難しい。必要なのは、完全に信頼できる形で高いトレーサビリティを実現することであった。

この課題に対して、Neusoft Groupが開発したトレーサビリティ管理プラットフォームは、医薬品ないし医療機器の承認に必要な様々な情報の記録や、かかる手続きを、改ざん困難かつ追跡可能な形で実現する。

医薬品・医療機器の認可プロセスにブロックチェーンとIoTを活用

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このプラットフォームは、仕入れ、倉庫における保管、物流、ロジスティクス、受取、消費、副作用のモニタリングなどの連鎖が織りなすネットワーク全体をリアルタイムで追跡、照会、モニタリングすることも可能にする大規模なシステムである。

なかでも特徴的なのは、より信頼できるデータを確保するために、IoTデバイスによる自動入力が活用されている点である。

ブロックチェーンはあくまでも入力されたデータを改ざん困難な形で記録することができるに過ぎず、入力されたデータの信頼性自体を検証する技術ではない。したがって、より信頼性を高めるためには、ヒューマンエラーの削減が有効になる。

そこで、このプラットフォームでは、確実に人間の手によるデータ入力を削減し、それに伴うヒューマンエラーの発生する余地を埋めるためにIoTデバイスを駆使して、自動入力を実現するのである。

さらに、このプラットフォームではIoTデバイス以外にも、GPSやGISに関連するデバイスが重要な役割を果たす。

プラットフォームはトレーサビリティ向上のために、医薬品や医療機器を継続的に監視しているが、監視業務の際には、GPSと環境情報(温度、湿度、および光量)をリアルタイムで記録する監視端末や、GISプラットフォーム上に設定された電子フェンスなどが活用される。

これらのデバイスによって、もしも医薬品や医療機器に不正な操作が行われた場合には、それを検知してリスク警告通知を発信することが可能になるのだ。

このように、このトレーサビリティ管理プラットフォームは、ブロックチェーンだけでなく、IoTデバイスや地理および位置に関する情報を駆使して様々なリスクに対処することで、医療領域における実験的な規制緩和が要求する安全性基準をクリアしているのである。

ブロックチェーンは万能ではない。あくまでも、ブロックに刻まれたデータの真正を保証するだけであって、それが我々の手作業を肩代わりしてくれるわけではないし、現実世界で起きている事象を勝手に認識してくれるわけではない。それは、ただのデータベースだ。したがって、今回紹介した事例のように、IoTデバイスやGPSないしGISといった地理・位置情報デバイスとの関係においてブロックチェーンの活用方法を考えていくことが重要になるだろう。

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