チケット不正転売禁止法に抜け道、効果はあるのか?問われるモラル

編集部

2019年6月14日、チケット転売の問題のために「チケット不正転売禁止法」が施行された。これは、国がチケットの適正な流通が保たれなくなっていると判断した結果だ。チケットの高額転売に関する議論は以前から様々なところで行われており、2018年4月、『高額チケット転売に反対するアーティスト・アスリートの要望を聞く会』が超党派で開催された後、同年12月、チケット不正転売禁止法の交付に至った。

スマートフォンやSNSの普及とともに、チケットの転売問題は悪化の一途を辿っている。世間一般的に問題視されるようになったのは、株式会社フンザが運営していたチケット転売プラットフォーム「チケットキャンプ」の閉鎖がきっかけだろうか。チケットキャンプでは、商標利用の問題に加え、当サービスの存在が高額転売を助長する可能性があると指摘されていた。

本稿では、規制の内容を解説しつつ、その意義と、残された我々のモラルの問題を紐解いていこう。

「特定興行入場券」とは?

『興行主の事前の同意を得ない特定興行入場券の業として行う有償譲渡であって、興行主等の当該特定興行入場券の販売価格を超える価格をその販売価格とするもの』

文化庁の資料によると不正転売は上記のように定義されている。小難しい言回しだが、もう少し辛抱して、条文を読んでみよう。

第二条 この法律において「興行」とは、映画、演劇、演芸、音楽、舞踊その他の芸術及び芸能又はスポーツを不特定又は多数の者に見せ、又は聴かせること(日本国内において行われるものに限る。)をいう……2 この法律において「興行入場券」とは、それを提示することにより興行を行う場所に入場することができる証票(これと同等の機能を有する番号、記号その他の符号を含む。)をいう。

どうだろう、理解できただろうか。簡単にいってしまえば、観客がいることを前提とした娯楽の上映・上演における入場券を「興行入場券」というのだ。

そして、この「興行入場券」のなかには、「特定興行入場券」という種類の入場券が存在する。「特定興行入場券」かそうでないかは、3つの点で判断される。

(1)チケットを販売する際に、興行主(≒主催者)の同意のない有償譲渡を禁止する旨が公式ページや掲示板に明示され、かつ、チケットにもそのことが明記されているか

(2)チケットを販売する際に、購入者の氏名や連絡先を確認し、かつ、チケットにもそのことが明記されているか

(3)イベントの場所・日時・座席、また入場資格者が指定されているか

このようにみてみると、案外対象ではないチケットが多く存在していることがわかる。政府の広報サイトに、対象とならないチケットの例が挙げられている。

招待券などの無料で配布されたチケット、転売を禁止する旨の記載がないチケット、販売時に購入者または入場資格者の確認が行われていないチケット、日時の指定のないチケットなど

したがって、チケットを購入するための予約券や、懸賞の当選メールなどは対象にはならないだろうし、列車の乗車券やアトラクションの整理券も対象外だろう。また、主催者側にいる友人から無料で貰ったフェスの入場券なども、転売禁止の注意書きがあったとしても、転売対象外になる。

チケットを余らせてしまって、善意から転売したいと思っている人には、これらの点に注意しよう。

さて、このようなチケット不正転売禁止法であるが、その効果はいかほどのものなのだろうか。

チケット発行体に見る、チケット転売の現状


チケット発行体と聞いてまっさきに思いつくのが国内最大手のチケットサービス「チケットぴあ」だ。チケットぴあは高額転売の対策として、主に、多重申し込みの禁止、チケット発券の遅延、定価でのリセール、そして、本人確認の厳格化を行っている。申し込みからチケット利用日当日まで、各段階で施策が設けられており、チケットぴあ以外での転売自体を防止する方針だ。

これらの施策、方針は他のチケットサービスにおいても同様である。中でもLINE Ticketでは、全てのチケットが電子チケットで提供されているため、転売防止の施策がより効果的なものとなっている。

さらに、最近ではブロックチェーンを活用したチケット発行サービスも開発されている。例えば、株式会社LCNEMが提供する「Ticket peer to peer」がそれだ。Ticket peer to peerでは、チケット固有のIDをもとに、公開鍵、秘密鍵、アドレスを作成し、そのアドレスをチケットとみなすことで、チケットの購入者以外の人がそのチケットを利用することができない仕組みになっている。加えてこのシステムには、チケット転売の通報システムが内包されており、他人のチケット転売を通報した人に、インセンティブとして報酬が与えられるという。

いずれも、テクノロジーを用いることでチケット転売ができない仕組みを設計する、というのがチケット発行体のトレンドであり、独自のリセール機能を整えることでやむを得ない転売に対応する、というのが現時点での正攻法のようだ。

セカンダリーに見る、チケット転売の現状


イベントやコンサートなどになじみのない人であれば、”チケット転売”と聞いて悪徳業者のようなものを想像するかもしれないが、実状はそれとは異なる。チケット発行体の防止策整備もあり、転売の多くは、正当な転売サービスやSNSでのCtoC取引を通して公然と行われている。

例えば、転売サービスの一つに、株式会社ウェイブダッシュが運営する「チケット流通センター」がある。このサービスは、運営が金銭授受の仲介役を行うことで、適切な転売を可能とするサービスである。また、前提として、端から転売目的でチケットを購入した人の利用を禁止しているため、サービス内で行われる転売に理論上、悪質なものは無い。

そのうえで、定価以上でのチケット売買を許容しているわけであるが、結果として、定価を大幅に上回る金額でのチケット販売も散見される。ちなみに、このサービスにおけるチケットの販売は、同社が定める規則通りに使っている限り、『業として行う有償譲渡』に値しないため、チケット不正転売禁止法にも抵触しない。

また、SNSに目を向けると、売り手による定価以上の価格提示や、『定価以上出せます』や『定価+手数料 で買います』等といった買い手によるチケット募集のツイートなどが散見される。しかしながら、それらに加えて『チケットのお譲り、同行者様を探しています。』や『ドタキャン、マナー違反いたしません。』などといった内容が添えられており、どちらかというと不正取引よりも、適切なファン同士のやり取りの方が目につく。

このような状況には、ファンが複数日のチケットを余分に申し込み、余れば交換や転売をしているという背景もあるようだ。

チケット不正転売禁止法はテクノロジーのサポートに止まる


このような現状を鑑みると、テクノロジーを用いた転売防止策や新たなサービスの展開が法律に先んじて着実に行われてきたことがわかる。しかしながら、本人確認をいくら強めようと、CtoC取引では合意のもとに個人情報すらも授受されるように、システムの抜け目を利用した転売は絶えず行われている。

また、そもそも高額でチケットを買うファンが絶たないためにセカンダリーマーケットが必要とされており、利便性を実現する新サービスが逆に高額転売に利用されるという根本的な状況は何も変わっていない。

これは此度のチケット不正転売禁止法にしても同様である。チケット不正転売禁止法が施行された意味は、システムの強化というよりも、既存システムのサポートと表現したほうが適切だろう。チケット不正転売禁止法によって既存のシステムに反する行為がより厳しく取り締まられると予想できるが、既存のシステム上で行われている行為に関しては、依然として何の措置も取ることができない。

チケット業界の構造的欠陥が確実に修正されてきた一方で、チケットキャンプが閉鎖されたころから、転売の本質的な問題は何も改善されていないのだ。

チケット不正転売の被害者は誰なのか


2019年4月に開催されたX JAPANのYOSHIKI氏によるプレミアムディナーショーでは、定価7~8万円のチケットが2~3倍で転売され、YOSHIKI氏自身もこれに驚き、Twitterで「何これ。。転売はやめましょう。」と、転売されている画像とともに呟くようなことがあった。

そもそもチケット転売の何が悪かったのか。

チケット転売が話題になるとたびたび議論されるのが、需要と供給を考慮したときの適正価格についてだ。需要がチケットの販売枚数よりも上回っているため、価格をもっと上げるべきだ、という意見や、転売のおかげで価格調整が適切に行われ、付加価値が最大化されている、などといった意見がメジャーである。他にも、そこに時間軸を取り入れ、値段を上げることで短期的には利益が出るが、長期的に見ればファン獲得の機会損失につながるため、必ずしも需給均衡は合理的でない、といったものもある。

おそらく、どれも間違った理論ではないだろう。しかしながら、少しばかり論点が経済合理性によりすぎている気もする。

YOSHIKI氏は先ほどのツイートに続けて、

『転売はやめましょうね。
システムの強化はもちろん大切ですが、今後もいたちごっこになるでしょう。結局はモラルの問題だと思います。
チケット不正転売禁止法が6月からスタートします。
ファンの皆さんが今後スムーズにコンサートを楽しめるように僕らも努力していきます。』

と、ツイートしている。

チケット不正転売禁止法に則った適切なサービスを利用したうえでの転売だとしても、高額転売はやはり問題である。これは確かに、モラル違反だからだ。

しかし、YOSHIKI氏が言う”モラル”の問題とは、ファンの機会損失や転売屋の利益などという話ではない。これは、物事を金銭的価値でしか図ることのできない我々の感性に関する問題なのだ。

最近では訪日外国人が増えた理由に、日本のマークアップ率の低下を指摘する人も多い。おそらくそれは、近代的日本が行ってきた”効率化”ビジネスに起因するのだろう。人口減少が進む日本は、今後、付加価値を尊重せずして成長することができない。だけれども、それとは逆のマインドが、いたるところで散見されてしまう。

そういった意味で言うと、転売問題の被害者は、特定のアーティストやファンというわけではなく、我々全員なのかもしれない。だからこそ、モラル違反をなくすのではなく、令和時代にあった新たなモラルを我々が築いていかなければならない。そうでなければきっと、転売問題もなくなることがないのだろう。

最後に、私がファンである、こやまたくや氏(ヤバイTシャツ屋さん)の2019年6月のツイートを載せておく。

『2日間、朝から並んでくれた人が多くて、通販をするのは並んでくれた人の努力をなかったことにするようで、やるつもりじゃなかったんやけど、余りにも転売が酷く、更に、並んだのに買えなかった人も多くて(めっちゃくちゃ在庫用意したのよ。本当に。余らせるつもりで用意したんよ。)』

『だから急遽、今日の物販が開始してから、受注生産の許可がでました。並んでくれた人はなんとか、並んだ事も良い思い出にして帰ってほしいな。ごめんよ。』

※最終更新日:2020/1/27/16:31

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