中国ブロックチェーン特区の栄枯:3兆円支援、ガラガラのオフィス

島田 理貴

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2020年2月に中国湖南省にて新たなブロックチェーン特区の計画が承認された。中国では各地方政府の政策のもとでブロックチェーン特区が設置されており、日本では考えられないような規模の優遇政策が実施されている。本稿では中国におけるブロックチェーン特区の動向を概観してみよう。

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ブロックチェーンに対する中国のスタンス

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中国は「暗号法」や「トークン発行による資金調達のリスク防止に関する告知」といった法律ないし行政命令によって、暗号資産に対する取締りを強化する一方で、2016年12月に公布された「第13次5か年計画」や、2020年1月施行の「産業構造調整目録(2019年版)」などの開発計画に則って、地方政府や民間企業と一丸となってブロックチェーンの研究開発や利用促進に注力している。

つまり、中国は自国内で得体の知れない金が動くことを快く思っていない反面、ブロックチェーンというテクノロジーについては冷静な評価を下しており、それが産業の発展に繋がるのならば大々的に支援しようという姿勢なのである。

ブロックチェーン特区とは?

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こうした中央政府の取り組み姿勢によって中国のブロックチェーン業界は急速に発展しており、さらなる資本の流入とスタートアップの増加を招来している。なかでも中国の多くの地方政府は、経済発展の原動力としてブロックチェーンに期待を寄せており、一部ではブロックチェーン特区とよばれる優遇政策区画の設置も実施されている。

そもそも特区とは、省ないし市レベルの地方政府がある開発計画に則って設置する優遇政策区画であり、なかでもブロックチェーンに特化したものをブロックチェーン特区とよぶ。

湖南省のブロックチェーン特区の土台となった政策

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今回の湖南省において承認されたブロックチェーン特区の土台となった計画は、2月6日に発行された「湖南省デジタル経済開発計画(2020-2025)」である。この計画では、IoTやAI、ビッグデータといった分野と並んで、ブロックチェーンが主要プロジェクトに指定されており、また、2025年までに5つのブロックチェーン特区を設立することが明言されている。

その他、「2025年までに多くのポピュラーなアプリケーションシナリオを展開し、全国的な影響力を持つ大手ブロックチェーン企業10社を組織する」という目標も掲示されている。

ブロックチェーン特区政策の内容

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湖南省のこの計画は非常に力強いものであるが、しかし、別の地方に目を向ければ、ブロックチェーン特区に限らず、様々なブロックチェーン産業促進を標榜する政策が立案されている。

例えば、杭州市西湖区では2017年9月に「ブロックチェーンの開発を促進するためのいくつかのポリシーと規制(仮)」が公示された他、2018年5月には「中国杭州ブロックチェーン特区政策」が公示された。

両政策とも名称どおり、ブロックチェーン産業に向けた支援政策を定めたものであり、前者では、企業に対する年間最大50万元の出資や、研究成果に対する最大100万元の報奨金、研究所や開発センターに対する最大300万元の報奨金、上級技術者や管理者に対する3年間の100%生活手当等の支援が実施されることが定められている。

また、後者では高度人材に対する最大300万元の住宅手当の他、スタートアップ企業に対するオフィス賃料や研究費などに使途を限定した補助金の提供が定められている。

ブロックチェーン特区の総数:2000億元規模の特区も??

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中国では、2016年11月に中国初のブロックチェーン特区が上海市宝山区に設置されたことを皮切りに、杭州市、広州市、重慶市、青島市、武漢市、長沙市、仏山市などでブロックチェーン特区が設置されてきた。

Interchain Pulse Instituteの統計によると、2019年5月時点で、22のブロックチェーン特区が存在している。今回承認された湖南省の特区も含めると全部で23のブロックチェーン特区が設置されていることになる。

そのすべてをここで紹介することはできないが、一部をピックアップすると、2018年10月に唐山市曹妃旬(そうひでん)地区で開設された「曹妃旬ビッグデータ・ブロックチェーン特区」では、その特区内で活動する企業に対する減税とオフィス賃料補助が実施される。

このような政策は他の地区とくらべて、とくに珍しいものではないが、しかし、参加企業にはBATHの一角であるHuaweiが名を連ねており、参加企業にスタートアップが目立つ他の地区とは違う方向性での利点を見いだすことができる。

また、同じく大企業の参加という意味では先ほども触れたが、マイニング大手のPoolinが参加する「杭州ブロックチェーン特区」も注目される。「杭州ブロックチェーン特区」は、計5000平方メートルの面積を有する3つのオフィスビルと、100億元ものイノベーションファンドを提供する。

「杭州ブロックチェーン特区」の100億元という金額も凄まじいが、単に金額だけでみると、同じく杭州市に設置された「中国(蕭山(しょうざん))ブロックチェーンベンチャーイノベーションベース」では総額2,000億元の資金サポートが提供される。日本では考えられないような金額が地方政府の懐から出ているのである。

特区における産官学の協業

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さて特区における産官学の協業状況をみてみたい。

Interchain Pulse Instituteの統計を参考に集計したところ、全23か所の特区のうち、地方政府(地方政府系管理委員会も含む)が資金援助以外にも企業とコラボレーションしている地区は13区ある。
また、17区で地方政府が特区の主導権を握っており、2区が企業主導のもとにある。さらに9区が大学や研究機関が支援ないし参加している。

これらをまとめると、約6割が産官協業特区であり、約7割が地方政府主導特区、約1割が企業主導特区、約4割が産学ないし官学協業特区ということになる。このことは、中国のブロックチェーン特区の広がりが、産官学協業の広がりでもあることを明らかにするだろう。特区は単純なばら撒き政策ではなく、ひとつのエコロジーを形成する試みでもあるのかもしれない。

二極化問題

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このように量的には大規模であり、かつ質的にもある種の深みを有する特区政策であるが、しかし、実際にそれぞれの特区がうまく機能しているかどうかは微妙なところかもしれない。

Interchain Pulse Instituteの統計から2019年5月時点の空室率を算出した。これによると、空室率が30%未満だった特区はわずか22%であり、30%以上80%未満が67%、空室率80%超が11%であった。つまり2割強の特区を除いた、8割弱の特区が「ガラガラ」なのである。

その原因は定かではなく、また実際にどこの地区がどの程度の空室率かというデータが手にはいらないため、二極化が進行しているという事実以外にはなに1つとして確かではない。

ただ興味深いことに、特区リストのなかにはHuaweiやTencentといった大手ハイテク企業が本拠する経済特区の深セン市や、「中国版シリコンバレー」とも呼ばれる中関村地区を擁する北京市といった中国経済を支える大都市には、ブロックチェーン特区が存在しない。

にもかかわらず、たとえば深セン市には様々な業界で大量採用されるブロックチェーン技術を有するBubi Technologiesの研究開発部が所在している他、先にあげたHuaweiやTencentも大規模なブロックチェーンプロジェクトを擁しているし、北京市にはマイニングマシン大手のBitmainや、同じくマイニングマシン大手のCanaanの開発部がオフィスを構えている。

このように、特区が設置されたからといってブロックチェーン業界でリーダーシップを発揮できるわけではないし、また、特区という優遇政策に頼らずともブロックチェーンの世界でリーダーシップを執れる企業は数多く存在しているのだ。

したがって、ブロックチェーン特区という政策パッケージは、あくまでも選択肢の1つでしかないのかもしれない。たとえば北京市の中関村地区は1988年より国家主導のもとでハイテク開発区として優遇されてきたため、時間経過とともにきわめて広大かつ複雑な産業ネットワークが形成されている。

対して、多くのブロックチェーン特区は、突如そこに生みだされたような場所であって、ゼロからネットワークを構築していかなくてはならない。しかし、ブロックチェーンはそれ自体透明な技術であり、他の産業とのコラボレーションがあってはじめて活きる技術だ。純粋にブロックチェーンの研究開発ばかりしていても、それを欲する異業種がいなくてはならないのである。

その意味で、ブロックチェーン特区よりも、特区ではないがすでに広大なネットワークが形成されている都市で事業を展開するという選択肢も十分にありうるだろう。これから特区でいかなる企業やプロジェクトが生まれ、そして特区とそれ以外で、あるいは性質の違う特区間で、いかなる差が生じていくかを注視していきたい。

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