ブロックチェーンが貿易にもたらすもの:日本は紙、中国は金

島田 理貴

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中国は世界一の貿易大国である。日本貿易振興機構(JETRO)のレポートによると、2018年における中国の貿易総額は4兆6,230億ドルであり、なおも規模を拡大している——昨今の新型コロナウイルスによる影響は避けようもないが……。また、貿易総額でみると中国にとって日本は米国に次ぐ貿易相手国であり、いわば太客である。

このようにアジアの貿易大国である日本と中国であるが、その貿易業務には非効率的な手続きが多く残存しており、この課題をブロックチェーン技術によって解決しようとするとりくみが盛んにおこなわれている。

日本:三井住友・日総研、ブロックチェーンで貿易手続き時間を40分の1に

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三井住友フィナンシャルグループと日本総合研究所は、IBMなどと連携して、ブロックチェーン技術(HyperLedger Fabric 1.0)をもちいた貿易取引ワークフローシステムに関する実証実験を実施した。

この貿易取引ワークフローシステムにおいては、コンテナにとりつけられたIoTデバイスとブロックチェーンのコラボレーションが重要になる。このIoTデバイスは、コンテナの位置や、温度、湿度、照度、衝撃、コンテナのドア開閉といった情報を収集し、そして、ブロックチェーンのスマートコントラクトは、これらの情報をトリガーとして自動的に処理を実行する。

スマートコントラクトがおこなう処理は、主にいままで紙の書類でおこなわれていた貿易手続きに関するものである。つまり、この実証実験で検証されるのは、ブロックチェーンによる貿易書類の電子化である。

むろん、ただの電子化であればわざわざブロックチェーンを利用しなくとも既存のICT技術によって実現可能である。しかし、この実証実験においては、貨物引渡請求権の管理に関わる書類の電子化をおこなうため、ただ書類を電子化するだけでなく、その書類が担っていた権利の管理および移転を安全に実行することが要件になる。そして、ブロックチェーンはこのような業務にうってつけの技術である。

この実証実験において、この貿易取引ワークフローシステムはIoTデバイスの電池切れや、通信障害に見舞われながらも概ね問題なく稼働した。その結果、手続き自体にかかる時間は約40分の1に短縮され、現行の手続きにおける書類運送時間を除いても4分の1に短縮できることがしめされた。

こういった貿易書類の電子化は、貿易業務へブロックチェーンを活用しようとする日本のとりくみの主たるものである。もう1つだけ紹介しよう。

日本:NEDO、NTTデータ、野村総研のとりくみ

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国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を執行団体として「グローバルサプライチェーンにおける貿易手続の効率化」とよばれる実証実験が実施された。この実証実験では、システム構築をNTTデータが、データ標準化を野村総研が担った。

実験の内容は、貿易業務における情報連携にブロックチェーン技術(HyperLedger Fabric 1.2)を利用して書類を削減し、業務を効率化するというものである。基本的には上記の貿易取引ワークフローシステムに関する実証実験と類似しているが、上記の実証実験が船荷証券(B/L)を電子化のターゲットにしていたのに対して、NEDOが執行する実証実験はB/Lをもちいた決済手続きに加えて、貨物保険なども対象としており、また、より多くの事業関係者や港湾が参加している点で、より規模の大きい実証実験である。

この実証実験の結果、システムが問題なく稼働することがしめされたほか、とくに輸出者やフォワーダーの日常業務においてめざましい業務時間の短縮が実現された。

そもそもなぜ書類業務が多いのか

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ここまで貿易業務にブロックチェーン技術を活用しようとする日本のとりくみをみてきた。それらは主に紙ベースの業務に生じていた非効率を改善しようとするとりくみであったと総括できるだろう。

さて、次に中国における活用事例をみていきたいのだが、その前に、そもそもなぜ貿易業務に煩雑な書類取引が存在しているのかを説明しておこう。

貿易においては輸出入業者、保険会社、船会社、金融機関、運輸会社、通関会社、フォワーダーなど、多数のステークホルダーのあいだで、膨大な量の契約が取り交わされている。

この契約は多数の取引参加者を含めて締結されるものが多く、また、契約に利用される書類は正本性も高く、さらに複数国での取引であるがゆえに相手国の求める書式や電子化水準に準拠しなければならない。こういった事情からなかなか電子化が進まないのである。

なるほど、端的にいって貿易業務で飛び交う書類は、そのほとんどが「厄介な」書類なのである。

だが、ブロックチェーン技術の登場は、サプライチェーンにとって一種の僥倖であった。とりわけその技術が有するスマートコントラクト機能は貿易事業者の目にもっとも魅力的に映ったことだろう。

なぜなら、ブロックチェーンは改ざん困難な形式で書類を表現することができるし、スマートコントラクトは複雑な契約業務を自動で執行できるからである。またプライベートチェーンや、一部のブロックチェーンプロトコルが有する高度な暗号化技術による細やかなデータ共有権限コントロール機能によって、様々な取引に含まれる機密性の高い情報の保護を実現するとともに、不必要な秘匿を減らし、情報伝達に要する時間やコストを削減することができる。

こういった事情から、日本では上述したようなとりくみが盛んなのである。だが、中国では少し事情が異なる。先に事例から見ていこう。

中国:貿易金融プラットフォームがわずか1年で750億元もの取引を実行

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2018年9月、PBoC(中国人民銀行)はBay Area Trade Finance Blockchain Platform(ベイ・エリア貿易金融ブロックチェーンプラットフォーム、以下、PBCTFP)のテストを深セン市で開始した。

PBCTFPは、ブロックチェーンを活用する貿易金融プラットフォームであり、広東、香港、澳門の3地域を統合する「グレーターベイエリア」において展開される。

PBCTFPの主要な目的は、銀行間取引の効率を改善し、企業に多様な資金調達の選択肢を提供することである。たとえば、ブロックチェーンによって資金や情報の流れの透明性が高まることは、信用力の向上に寄与し、引いては金融機関における資金調達オプションの充実にも寄与するだろう。また、同時にPBCTFPは規制当局へ金融活動の監視システムも提供するため、AMLや不正な資本活動の取締りにも役立つだろう。

2019年5月、イベント内でPBoCのCBDC研究所(央行数字货币研究所)副局長であるDi Gangは、PBCTFPに4つのアプリケーションが構築され、26の銀行が参加し、17,000件以上のトランザクションが完了し、取引ボリュームが40億元に到達したことを公表した

さらに21财经の記者によると、2019年7月には、PBoC深セン支店と国家税務局深セン税務局とが、自動税申告の実施に関する戦略的パートナーシップを締結している。

従来の貿易金融におけるクロスボーダー取引にあっては、企業の担当者が、納税申告書を携えて納税窓口と銀行窓口とのあいだを何度も往復する業務フローに巻き込まれていた。

一方、PBCTFPを利用した場合には、クロスボーダー取引の情報がPBoCの外国為替管理局、国家税務局および銀行によってリアルタイムかつ重複がないよう最適化された形で取得され、監督されるようになる。したがって、企業の担当者が煩雑な業務から解放されるだけでなく、税務処理に関わる多くのアクターの負担が軽減されるだろう。

なお、この報道の時点での取引ボリュームは300億元を突破している。わずか2ヶ月で7倍以上の増加量を達成していることになる。

さらに、2019年10月には新華社通信の記者による報道で、PBCTFPにおける総トランザクション数が30,000件を突破し、また、総取引ボリュームが750億元に到達したことが明らかとなった。PBCTFPへ参加しているアクターの数については、申請中のものも含めると、29行、495支店、1,898社にのぼるという。

このように凄まじい勢いで普及しているPBCTFPだが、この勢いの背景には、2018年10月に国務院が公示した「通関地ビジネス環境の最適化によるクロスボーダー取引の利便化促進に関する運用計画」で言及された目標がある。この計画においては、2021年末までに通関時間を2017年比で半分に短縮するという目標が掲げられている。

この計画に示された目標に基づいて、中国ではほかにもいくつかの貿易におけるブロックチェーンを活用したとりくみが存在する。

中国:3600億元を取引する中国建設銀行の貿易金融プラットフォーム

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中国建設銀行は、BCTradeとよばれる貿易金融プラットフォームを、2018年4月に開始した。このプラットフォームの2019年10月までの累積取引ボリュームは、なんと3,600億元にものぼる。

BCTradeは主に貿易金融におけるファクタリングの分野に注力しており、国際ファクタリングやリバースファクタリングなどの金融サービスをプラットフォーム内で提供している。

ファクタリング自体は、企業間取引においては一般的な代金回収手法であるが、その本質は売掛金回収までにかかる時間の短縮と、売掛金の未回収リスク回避という点にあり、貿易のような国境を超えた顔の見えない取引とは相性がよい。また、ファクタリングはブロックチェーンとの相性もよい。

というのも、それは煩雑な書類業務を含むものであるし、またプラットフォーム上に企業活動の情報が蓄積し、それが透明性の高い環境下に置かれていることで、銀行の与信業務もより円滑におこなわれることが期待できるからである。

実際にBCTradeがどのような仕組みでファクタリングサービスを提供しているかはわからないが、たとえば、ある閾値以上の取引実績があれば与信するというスマートコントラクトがあれば、わざわざ銀行からの返答を待つまでもなく、ワンクリックでファクタリングによる売掛金の現金化が可能だろう。

書類と貿易金融の関係性

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さて、少し事例の紹介が長くなってしまったが、ここまで読んで不思議に思う読者もいるのではないだろうか――さっきからお金の話ばかりで書類電子化の話はどうしたんだと。

だが貿易金融のしくみを考えてみると、じつは書類業務と貿易金融業務が地続きであることがわかる。というより、貿易業務に含まれている業務の多くが貿易金融関係の業務であるといっても差支えはない。

たとえば、貿易金融の中心である信用状は正式には信用状付荷為替手形取引とよばれるものであり、相互信頼性に欠けた二者ないし複数の当事者のあいだでやりとりされる手形の一種である。

かれらは互いの支払能力や支払意思について信頼がないため、みずからの信用力をもって、第三者機関(たとえば銀行)にある条件を満たしたときにのみ送付される為替手形を発行させ、これを介して取引をおこなうのである。しかし、これは煩雑な書類手続きを必要とする上に高額な手数料を支払う必要がある。

また、輸出業者が輸入業者に対して支払の猶予期間を与える代わりに手形を発行するジッパーズユーザンス取引や、銀行側が支払を肩代わりし、その返済に猶予期間を設け、いくらかの金利を支払う銀行ユーザンス取引というものも存在する。

もちろんここでも書類業務が発生し、また書類業務にかかる時間が長くなればなるほど、あるいは融資先の信用が不透明であればあるほど金利は高くなる傾向にある。

このように貿易金融において煩雑な書類業務が発生している原因は、貿易そのものにおける原因と同様である。貿易金融における契約は、遠く隔たった場所にいる複数のアクター間で締結される。また、それが契約であるがゆえに正本性も高い。

こういった事情から紙の書類が積み重なっていく。次いで、この書類がそのまま時間的遅延やコストの増加、リスクの肥大化を招き、貿易金融に弊害をもたらすのである。

時短を強調する日本、規模感を強調する中国

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以上のように貿易金融と書類は、結局のところ貿易と書類の関係と等価であるわけだが、では、PBCTFPやBCTradeといったとりくみは、書類を削減するとりくみとしてとらえていいのだろうか。

この問については、それらのプラットフォームがいかに運用されているかについて、情報が開示されていない以上、筆者は明確な答えをもちあわせてはいない。しかし、視点を変えてみると興味深い事実が浮かびあがってくる。

それは、日本のプロジェクトが「時短」を成果として強調するのに対し、中国のプロジェクトが「規模」を強調している点だ。

むろん、日本のプロジェクトはまだ実証実験段階にあるため、そもそも取引ボリュームやトランザクション数を強調しても何の意味もないことは承知している。

ただ、中国は先に述べたように国策として通関時間の短縮を目指している。それにもかかわらず、取引ボリュームやトランザクション数ばかりを強調し、業務にかかる時間がどれだけ短縮されたかについては言及しないPBCTFPやBCTradeに、なにか不気味さを感じないだろうか。

これは筆者の勝手な推測だが、中国はとっくに紙媒体の削減を完了してしまっているのではないだろうか。もしそうだとすれば、中国が次にとりくむべき課題は、データの統一規格、暗号化による細やかなデータ共有権限コントロールといった、より実践的なものになるだろう。

たとえば、Ping An Group(平安銀行)は、2018年8月より、天津市政府と天津税関の支援を受けて、中国税関総局指導のもと、天津港ブロックチェーン検証パイロットプロジェクトを開始しているが、このプロジェクトで解決すべき課題として挙げられているのは、データの断片化、プライバシー保護と共有性の相反、データの統一仕様の欠如、データソースの信頼性、国ごとに相違するルール、集中化によるデフォルトリスクといったミクロな問題、そして、クロスボーダー取引における、信頼の欠如、データのサイロ化、連携の非効率性、集中型プラットフォームのボトルネックといったマクロな問題である。

いま列挙した課題は、まさしく書類の削減の次に待ち受けるものではないだろうか。Ping An Groupや天津市は、2018年8月の段階で、既に書類の削減の次のステージを見据えていたのではなかったか。

これらはなにか強い根拠に裏づけられたものではないし、中国が貿易金融の改善と書類業務の削減を同時並行で進めている可能性も十分にある。筆者には、そういった情報をみつけることができなかったが、もしそういった情報をみつけた読者がいたら、是非耳打ちしていただきたい。

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