ブロックチェーン応用の次世代サンクラ?Audiusとは?

島田 理貴

レコードショップのイメージ

2019年9月、ブロックチェーンを応用した「Audius(オーディアス)」とよばれる音楽ストリーミングサービスがローンチされた。

Audiusは、音楽音楽プラットフォームである「SoundCloud(サウンドクラウド)」や「MySpace(マイスペース)」(覚えているだろうか?)に似ているかもしれない。少なくとも、個人やインディーズといった、いわゆる「独立系」のアーティストが音楽配信するプラットフォームという意味では酷似している。

Audiusがユニークなのは、楽曲の管理にブロックチェーンを活用しているということである。SoundCloudやMySpaceの場合には、運営者が管理するサーバーによって音楽が管理されている。

なぜ、わざわざブロックチェーンで管理しなければならないのか。もしかしたらちょっとギークなSoundCloudユーザーであれば、すでにピンときているかもしれない。

中央集権的な音楽プラットフォームの弊害

サウンドクラウドのイメージ
SoundCloudはSNS感覚で音楽をシェアできるサービスとして、近年ベッドルームミュージックプロデューサー——つまりバンド以外のアーティストたち——を中心に親しまれてきた。しかし、昨年12月に突如、利用規約が改訂され、無料プランを利用していたユーザーは厳しいアップロード上限に悩まされることになる。

それまでにも「総再生時間3時間」という上限はあったのだが、3時間もあれば、アルバム2、3枚分くらいはアップロードできるため、困ることは少なかった。だが、12月より「15曲まで」という上限が追加された。

この変更に対して多くのユーザーから不満が噴出し、最終的にSoundCloudは上限設置の撤廃を発表した。

ユーザビリティの問題だけではない。あらゆる中央主権的な音楽プラットフォームは、その責務として、違法コンテンツを排除しなければならないが、現代において、これは手作業でなされるわけではない。

SoundCloudの場合は、独自のアルゴリズムによってこの責務が果たされていた。しかし、アルゴリズムが合法的なコンテンツをも違法コンテンツと判断してしまうことがしばしばあり、こういったことも不満の種であった。

だが、これは仕方がない部分もある。なぜなら、SoundCloudにアップロードされている音楽には、サンプリングを活用したものが数多く存在しているし、DJミックスを法的にどうとらえるかはきわめて困難な問題であるからだ。

それでも、ユーザーからすれば、手間暇かけてつくった音楽を消されてしまっていることには変わりない。気分を害するのも当然だろう。

もう1つだけ例をあげると、MySpaceに関しては、サーバーの移行時に12年間分の音楽データすべてを喪失してしまっている。中央集権的な運営においては、ユーザー側にはまったくコントロールできないような「大災害」が生じる可能性を排除しきれないのである。

Audiusはブロックチェーンをどう活用しているのか

ネットワークのイメージ
SoundCloudやMySpaceのユーザーが中央集権的な運営に振り回されることにうんざりしているならば、Audiusは最適な移行先となるかもしれない。

Audiusにも「Audius Inc.」という運営会社があり、一見しただけでは中央集権的なサービスとの相違点はわからないかもしれない。だが、Audiusのトップページには次のような一文がある。

あなたのアーティストプロファイルは絶対にプラットフォームから排除されない。また、あなたのトラックは絶対に検閲されないし削除されることもない。

つまりSoundCloudと同じ轍は踏まないということである。明記されてはないが、ブロックチェーンの活用をアピールしているところを鑑みるに、おそらく、運営者はこのプラットフォームをコントロールする権限を所持していないのだろう。

このような事態は、ある程度ブロックチェーンに親しみがないと理解に苦しむだろうが、しかし、ブロックチェーン業界ではこのようなサービスが乱立しているため、別段珍しいことではない。

Audiusの仕組み

メカニックのイメージ
まずAudiusはオープンソースプロジェクトである。つまり、スキルと知識と熱意さえあれば、いますぐにでもこのプロジェクトの開発に参加することができる。

もちろん運営者も多くの開発者を擁している。彼らは開発コミュニティ内でリーダーシップを発揮しているが、オープンソースプロジェクトである限り、その地位は流動的である。

なるほど、このプロジェクトが水平なコミュニティによって進められているのだとして、では、構築されたサービスはいったいどこで動くのだろうか。

ここで思い出してほしいのは、MySpaceがどのような作業中に12年間分のデータを喪失したのかということである。そう、「サーバーの移行時」だった。したがって、MySpaceはサーバーに音楽を保存していたということである。このことはSoundCloudも同様である。既存のコンテンツ共有プラットフォームのほとんどが、中央のサーバーにコンテンツを保存している。

だが、Audiusのネットワーク内には、コンテンツ保存先としての中央サーバーというものが存在しない。その代わりに分散した「ノード」が存在している。ノードとは、ネットワークを維持するためにさまざまなタスクをこなすコンピューターだ。

ノードはタスクごとに分類されている。たとえば、Audiusにおいては、音源を管理するノード、トラック名やプレイリストといったインデックスを管理するノード、リスナーのリクエストに応じて音源を提供するノード、ネットワークにおけるさまざまな係争を調停するノードなどがいる。

これらのノードはタダ働きしているわけではない。タスクを完了すれば報酬が手に入る。つまり、ノードを運営する経済的インセンティブが、Audiusのプロトコルとして定められているのだ。

そして、これらのノードがネットワークを運営しているのだから、中央集権的な運営者もサーバーも必要ない。むしろ中央集権的な存在は、ネットワークの安全性を脅かすことにもなる。だからこそ、Audiusの運営者は、プラットフォームをコントロールする権限をもっていないのだ。

Audiusがブロックチェーンを活用する訳

アーティストのイメージ
とはいえ単にノードが分散しているだけなら、一昔前に流行ったWinnyや、現在でも主流のBitTorrentなどで知られるP2P通信とあまり変わりはない。

P2P通信とブロックチェーンとの差を技術的に解説するとやや長くなってしまうため、詳細は省くが、とりあえずは、P2Pの分散ネットワークであるにもかかわらず、やりとりされるデータの正しさ(整合性)を証明できるのがブロックチェーンであると理解してもらえればよい。

そう、ブロックチェーンはデータの整合性を保証するのだ。他方、P2P通信による音楽プラットフォームにおいては、ダウンロードした音源が本当にオリジナルなのかを証明することはできないし、自作の音楽が知らないうちにばら撒かれているなんてこともありうる。

だからこそ、多くのプラットフォームは分散型ではなく中央集権的な運営者のもとで、データの整合性を保証しているのだ。しかし、ブロックチェーンならば分散したノードのもとであっても、データの整合性を保つことができる。

また、ブロックチェーンによって脱中央化した結果、アーティストに支払われる報酬の増加が期待できる。一般的な中央集権的プラットフォームにおいては、音楽を保存するサーバーがあり、プラットフォームを運営する多くの従業員がいるはずだ。それらを維持するために、膨大なコストがかかる。

では、このコストは誰に転嫁されるのだろうか。アーティストである。Audiusのホワイトペーパーの冒頭を引用しよう。

音楽業界は430億ドルもの収益を生みだしているが、コンテンツクリエイターへはそのうちの12%しか支払われていない。しかも、クリエイターは自分の音楽をどのように配信するかほとんど制御できず、また、誰が自分の音楽を聴いているのかすら把握できていない。

他方、Audiusに参加するクリエイターは、自分の音楽をいくらで販売し、そのうちのどれだけをノードに分配し、どれだけを自分が受けとるかという決定に際して、かなりの裁量をもっている。さらに、実際にその分配が正しくなされているかを確認することもできる。

なぜならブロックチェーンによって運営されているからだ。もちろん、ブロックチェーンは魔法じゃない。ノードの維持だってタダじゃない。それなりにお金がかかる。だから、あんまりノードの取り分が低いままだとネットワークは維持できなくなってしまうかもしれない。この辺りはさじ加減だ。ユーザーの良心とインセンティブ設計次第だろう。

Audiusは本当にブロックチェーンでなくてはならないのか

二色のイメージ
ここまで音楽プラットフォームがブロックチェーンを導入する意義について語ってきたが、しかし、考えておかなければならないことが1つある。

著作権の問題だ。SoundCloudは、著作権侵害していない音楽すらも削除したことで非難されていたが、それはごく一部のことであって、実際には違法アップロードされたコンテンツを数多く削除していたはずだ。

だが、Audiusの場合、そもそも検閲という機構が備わっていない。いや、先ほど軽く触れた「係争を調停するノード」が織りなす「アービトレーション」という仕組みにおいて、検閲や削除といったプロセスや、違法アップロードを防ぐインセンティブ設計が含まれているのだが、この仕組みは確実性に欠けている。少なくとも違法アップロード防止という点でサービスを比較するなら、SoundCloudに軍配が上がるだろう。

また、仮に著作権を侵害している音源がAudiusにアップロードされたとして、それが瞬く間に再生回数を伸ばしてしまった場合に、その損害賠償責任は誰が負うのだろうか。ブロックチェーンは匿名性が高いことも特徴の1つである。純粋にブロックチェーンの仕組みを活用した場合には、データのやりとりがどれだけ一般に公開されていたとしても、そのデータと、特定の個人をむすびつけることは困難である(ブロックチェーンのプライバシーモデルについては当記事を参照)。

また、Audiusはブロックチェーンによって「ファンとアーティストが直接につながる」とか「レーベルの力を借りずとも収益化できる」と喧伝しているが、このようなことはブロックチェーンを利用せずとも実現できるだろう。

Bandcampはまさにこの2点に焦点を当てたサービスであり、実際に成功を収めている(00年代のナードたちがどれだけ「Name Your Price」のお世話になったことか!)。

音楽プラットフォームのオリジナリティ

カセットのイメージ
とはいえ、Audiusは独自のステーブルコインと非ステーブルコインを発行することから、これらを中核としたトークンエコノミーが、新しい音楽文化を形成していく可能性もある。こういったこと以外にも、筆者が見落としている可能性は数多くあるはずだ。

また、Audiusといった最先端のプラットフォームに関心をもつのも、それはそれで素晴らしいことだが、しかし、既存のプラットフォームも各々に独自の文化を形成していることを忘れてはならない。

たとえば、Spotifyの「プレイリスト」文化は、音楽の消費スタイルを一変させるほどの影響力を有しているし、Bandcampの「Name Your Price」文化は、ネットレーベルの拡声器として機能していた。

近年では、TikTokのような動画共有SNSが、音楽プラットフォームとしても機能しはじめており、音楽文化の細分化は今後もますます進展するだろう。その潮流にあって、Audiusはどのような一手を決めることができるのか。おそらく「なぜブロックチェーンなのか?」という問いを突き詰めることが重要になるだろう。

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