暗号資産の世界でよくみかけるTelegram Messenger(テレグラム・メッセンジャー、以下、テレグラム)だが、LINEやTwitter、InstagramがSNSの主流である日本国内においては、あまり馴染みのないSNSだろう。
日本国内で暗号資産の情報収集に利用されているのは主にGoogle検索とTwitterだが、もしも読者が本当にコアな業界情報を欲しているなら、どうしてもテレグラムを導入せざるをえなくなるときがきっとくるだろう。
それほどまでに、暗号資産の世界ではテレグラムがSNSの「標準」になっているのだ。今回は、テレグラムが業界標準になった理由を、テレグラムの中心人物の来歴から解説してみたい。
テレグラムとは?
テレグラムはTelegram Messenger LLPという英国の非営利団体によって開発、運営がおこなわれている。
テレグラムの特徴は、高い匿名性やセキュリティ、そして高速通信や広告の非表示といった点にあり、いわばホワイトハッカー的なSNSといえるだろう。
その中心人物はロシア人の起業家兄弟であるPavel Durov(パヴェル・デュロフ)とNikolai Durov(ニコライ・デュロフ)だ。
弟のパヴェルは「ロシアのザッカーバーグ」ともよばれ、2018年にはFortune誌の「40 Under 40」にも選出されている。兄のニコライはサンクトペテルブルク大学とボン大学で、2つの博士号を取得した幾何学者である。
このように華々しい経歴の持ち主であるデュロフ兄弟だが、彼らはテレグラムを立ち上げる以前に、「ロシア版フェイスブック」とも呼ばれるVK(Vkontakte / フコンタクテ)を共同設立しており、このSNSを巡ってきわめて波乱万丈な人生を送る羽目にあっている。
そしてその経験からうまれたのがテレグラムなのである。
ロシア最大級のSNS創設者が祖国を追われる
デュロフ兄弟が率いていた頃のVKはロシア当局ときわめて深刻な対立関係にあった。
2013年12月には、クリミア半島の帰属をめぐるウクライナとロシアとの対立(いわゆる「クリミア機器」)を背景に、ロシア連邦保安局はVKに対してEuromaidan(ユーロマイダン)のグループチャットに関する個人情報の提供を要求したが、パヴェル氏はこれを断固拒否した。
ユーロマイダンとは、ウクライナ危機における反政府デモ集会であり、VKはユーロマイダンをはじめとする、ロシア政府に対立する人たちのコミュニケーションツールとして活用されていたのである。
したがって、ロシアのVKに対する要求には、政治的な検閲の意図が多分に含まれており、パヴェル氏はこれに反対したのである。端的にいって、パヴェル氏はロシアで営利活動をおこないながら、ロシア当局に徹底抗戦する姿勢を呈したのである。
また、パヴェル氏は2013年4月にも警察官を轢き逃げした(本人は運転すらできないと主張している)としてロシア当局より家宅捜索されており、12月の騒動以前から、ロシア当局による圧力があったと推測される。
ロシア当局の側も、パヴェル氏の主張を否定しているため、一連の事件の真相は定かではない。だが、たしかなのは、2014年4月にパヴェル氏がVKのCEOを解任されたこと、そして解任された一週間以内に兄のニコライを含む12人のエンジニアとともにロシアを脱出したことである。
このように、ロシア最大級のSNSを立ち上げたにもかかわらず、最後には祖国を追われて国外脱出する羽目にあったデュロフ兄弟であったが、しかし、興味深いことに、このロシア当局との対決の経験がテレグラムをうみだすきっかけとなったのだ。
テレグラムのアイディアは「特殊部隊が玄関を蹴破ろうとした」ときに降ってきた
テレグラムの開発自体は、デュロフ兄弟がロシアを追われる以前から進められており、そのアイデア自体は2011年にすでに存在していたようである。
テレグラムを開発しようと思い立ったときのことをパヴェル氏は次のように振り返っている。
彼らはとてもシリアスな面持ちをして銃を構えながら、ドアを壊そうとしていた。
「彼ら」とはロシアの特殊部隊のことで、壊していた「ドア」は、なんとパヴェル氏の自宅の玄関ドアである。
どういうことなのだろうか。2011年頃はロシアで反政府運動が盛んにおこなわれていた時期だった。このときにロシア最大のSNSを牽引していたパヴェル氏は、反政府組織の温床を提供する者としてロシア当局から睨まれていた可能性がある。
実際に特殊部隊が自宅突入という荒事に至った経緯の詳細は語られてはいないため、実際には反政府運動とパヴェル氏の関係や、ロシア当局の意図はまったく不明なのだが、パヴェル氏とロシア当局との対立関係を鑑みるに、その突入は「圧力」の一環であったと推測される。
つづけてパヴェル氏はこう述べている。
私は兄と通信するための安全な方法がないことに気づいた。こうして、テレグラムの物語は始まった。
パヴェル氏はこの一件の直後に兄へ電話をかけているが、ロシアにおいて、この電話が誰にも盗聴されていないと確信することはできない。兄弟間の他愛のない電話にも、もしかしたら誰かが耳を立てているのかもしれないのだ。
そこで、デュロフ兄弟は匿名性、セキュリティに特化したメッセンジャーの必要性に思い至り、テレグラムの開発を開始するのである。
テレグラムはなぜ暗号資産の世界で流行しているのか
このようにして2013年にうまれたテレグラムであるが、冒頭でも述べたようにICOやエアドロップといったプロジェクトにおいては、必ずといっていいほどテレグラムが使用されている。
日本に住んでいると、なぜTwitterではなくテレグラムなのかと不思議に感じるかもしれないが、暗号資産という不安定な世界でテレグラムが流行しているのには訳がある。
まず、着目すべきはやはりセキュリティ面にあるだろう。
テレグラムは、非常に高い匿名性とセキュリティで知られている。暗号化機能を有効にした場合には、政府、規制当局、その他の企業といったあらゆるアクターからの監視を完全に遮断することができる。
一方で、暗号資産は地域によっては厳しく規制されており、監視をしようとする誰かのためにバックドアを設置したり、個人情報を秘密裏に政府や規制当局に提出してしまうようなメッセンジャーを利用していては、自分の身に危険が及ぶかもしれない。
2017年には海外で人気のメッセンジャーアプリWhatsAppにバックドアを設置する計画があるという報道があった。また、ある人物は、中国大手SNSの微信(ウィーチャット)で天安門事件30周年に行われた追悼集会の様子を収めた写真を投稿したところ、アカウントが凍結され、この凍結を解除するために、顔写真の提示が求められたと主張している。
こういった規制の網から逃れるためには、より信頼できる組織が運営する、匿名性、そして高水準のセキュリティを備えたメッセンジャーが必要不可欠になる。
その点、テレグラムは非営利団体によって運営されているため、一般的な営利企業よりも金銭的な誘惑に対する耐性を期待できる上に、そもそも、テレグラム自体、ロシア当局による検閲を避けるためにつくられたメッセンジャーである。その匿名性やセキュリティはお墨付きだ。
日本のような国に住んでいるとあまり実感が湧かないかもしれないが、法的環境が不安定な地域において、これ以上のメッセンジャーアプリはないのかもしれない。
また、マーケティング的な観点からもテレグラムが選ばれる理由がある。
ICOやエアドロップを成功させたいのなら、まず多くの人にそのコインの名前を知ってもらう必要がある。テレグラムには最大10万ユーザー【訂正:最大20万ユーザー】が参加できるグループの他に、ユーザー数無制限のチャンネルが備わっている。
しかも、そのどちらもbotとRSSに対応しているため、たとえば、エアドロッププロジェクトのグループに、タスク案内botを導入し、新しくグループに参加したユーザー向けにコイン付与の手順を案内することができる。また、RSSによってICOや暗号資産の価格といった情報を自動で発信するチャンネルをつくることもできる。
このように、法的環境が不安定な地域で暗号資産が流通するためには、テレグラムの力が必要不可欠であり、そして、暗号資産に関わるプロジェクトからしても、やはりテレグラムは有用なのだ。したがって、テレグラムは、暗号資産エコシステム全体の中心に存在しているといえるだろう。
ロシアの次はアメリカの金融規制当局と対立
しかし、近年テレグラムの運営は揺れはじめている。
テレグラムはTelegram Open Network(TON)と呼ばれる独自のマルチブロックチェーンプラットフォームを公開し、2018年の2月から3月にかけて、TONのネイティブトークンであるGRAMトークンのICOをクローズドで実施した。
このときの調達額は17億ドルにのぼり、41億ドルを調達したEOSに次ぐ規模のICOとして業界を驚かせた。
だが、この17億ドル分のGRAMトークンはICOから2年経った今でも発売時期未定となっている。公開時のロードマップでは、2019年10月までには発売する予定であったというのだから、すでに5カ月の遅延になる。
この遅延の原因は、SEC(米国証券取引委員会)とテレグラムとのあいだで継続中の裁判にある。SECは2019年10月に、GRAMが「未登録証券」に該当するとして、マンハッタン地方裁判所に提訴するとともに、TONとGRAMトークンの開発の差し止めを発令した。
その後、テレグラムとSECとの激しい論争がつづいたが、結論は出されず、テレグラム側はTONとGRAMトークンのローンチを最大2020年4月30日まで延長することを、SEC側は、公聴会を2020年2月18~19日に延期することを決定した。
先日、延期された公聴会が遂に開かれたが、結局、両者の主張が交わることはなく、差し止め命令は延長されることとなった。このままでは4月30日のローンチ期限を超える可能性があるが、もしそうなった場合、GRAMの契約条項上、テレグラムは投資家による払い戻し請求に応対しなければならない。
このような事情から早期解決がもっとも望ましいストーリーになるはずなのだが、いまのところ両者の主張は平行線上にあり裁判は泥沼化が予感される。
兄のニコライ氏は、差し止め命令が発令されているにもかかわらず、公聴会前に、新たなホワイトペーパーを公開するなど、SECを挑発するかのような態度をみせてもいる。
元々、ロシアではオフィスの窓から公道に向けて大量のお金をばら撒いたり、VKを乗っ取ろうとする企業に対して中指を立てたりと、「お騒がせの人」としても知られているデュロフ兄弟である。生半可な結末で終わらせる気はないということなのだろうか。
※一部情報に誤りがあったため3月18日付で修正更新しています。