ブロックチェーンによるデータ管理

松嶋真倫

あらゆる分野への応用が検討されるブロックチェーンだが、その本質的効果はデータ管理にある。紙ベースでの管理でかかっていた様々なコストは、データベースでの管理への移行により改善されたかに見えたが、それは情報漏洩という新たな問題を提起した。ブロックチェーンはこのどちらの問題も解決しうるが、その為には一企業ではなく多数の企業によるネットワーク参加が必要不可欠となる。

企業のデータ管理における問題

紙ベースでの管理コスト

デジタル化が進んだ今でも、企業は相当量の情報を紙ベースで管理している。紙ベースでの情報管理は印刷コストや保管スペースの限界、整理作業の労力等企業にとっては極めて負担が大きい。

また、保管庫から必要な情報を抽出するだけでも一苦労であり、情報の流動性が低い。このような管理コストの大きさに対処する為、かつては書類整理係りという役割が社内に置かれ、今ではその役割が新人の雑務に置き換わっているのが現状である。

データベースでの管理リスク

パソコンが世間に普及して以降、紙ベースでの情報管理からデータベースでの情報管理へと移行が進んでいる。データベースでの情報管理は複製や復元、整理や抽出が容易で企業にとっては負担が小さい。

しかし、その一方で、保管に関してはハッキングによる情報漏洩という新たなリスクが顕在化し、一般に社内外での情報の取り扱いが厳しくなっている。保管スペースについても、膨大な情報を自社のパソコンだけで管理するのは不可能であり、どの企業も中央集権的な巨大サーバーを利用しているのが現状である。

情報やり取りの障壁

企業対個人、企業対企業のいずれであっても、情報のやり取りには障壁が存在する。何か契約を結ぶ際には依然として紙ベースが主流であり、相互に何枚もの複雑な書類のやり取りが行われる。書類に不備があった際には、それを再び送り返して修正するという手間も発生し、その非効率さは否定できない。

データベースで情報をやり取りする場合でも、管理システムが異なれば直接的に情報をやり取りすることはできず、結局紙ベースあるいはPDFファイルに落とし込んで対応しているのが現状である。

ブロックチェーン導入のメリット

ブロックチェーンをデータ管理に応用するとどのようなメリットがあるのか、以下ブロックチェーンの特徴に分けて紹介する。

データの分散管理

ブロックチェーンのネットワークでは、複数のノードが全体の整合性を保ちながらデータを分散管理する為、従来のような中央集権的なサーバーが不要となる。つまり、一部のノードがダウンしても他の参加ノードが稼働していれば、ネットワーク全体がダウンすることがない。また、中央集権的サーバーを狙ったハッキングによる情報漏洩リスクについても改善が見込まれ、データ管理の安全性が高まると言える。

データの改竄不能性

ブロックチェーンに記録されたデータは、改竄することができない。暗号化されたデータを書き換えようとすると、時系列順に連なる全てのデータを書き換える必要があり、膨大な計算処理を要求される。

仮に一部のノードが不正取引を承認しても他のノードが正しいデータを選んで承認する為、事実上改竄が難しいと言われている。最近では企業によるデータの改竄や書類の偽造が多発しているが、これによりデータ管理の健全性が高まる。

データのトレーサビリティ向上

企業間でデータをやり取りした際には、全ての取引がブロックチェーン上に記録される為、企業のデータ管理の透明性が増す。透明性と言ってもネットワークで共有されるのはあくまで取引履歴であり、データにアクセスするには秘密鍵が必要となる為、情報の中身が全体に筒抜けになるということではない。

しかし、ネットワーク参加者であれば、誰がいつどのようなデータのやり取りをしたかを確認することができる。

データ管理コストの削減

上述した特徴から、データ管理に関して金銭的、人的、時間的コストが削減される。企業が情報管理システムのセキュリティ強化に多額の資金を投じることも、情報管理部門に多くの人材を置くことも、外部と複雑な書類のやり取りをすることもなくなるということだ。

データ管理の効率化が進めば、本業に割けるリソースが増えて、引いては事業全体の効率化につながる。

ブロックチェーン導入のハードル

システム変更は企業の社内管理態勢への影響が大きい

仮にブロックチェーンを活用した情報管理プラットフォームができた時に、自社で情報管理システムを導入している企業あるいはNECなどシステム開発会社のソフトを利用している企業らが、揃ってそれに移行するかと言われれば疑問だろう。ブロックチェーンどうこうに限らず、企業はシステムの移行ないし統合に対して常に慎重な姿勢を示す。

それはシステムを変更することによって規約等を含めた社内管理態勢の大幅な見直しを迫られるからだ。ブロックチェーンを活用したデータ管理に相応のコスト対効果が見込めない限りは、企業が導入に一歩踏み出すのは難しい。

秘密鍵の安全な管理方法が未確立

企業がその一歩を踏み出せない理由の一つとして、安全な秘密鍵の管理方法が個人でも企業でも確立されていないことが挙げられる。文字や数字をランダムに羅列した秘密鍵と複数の単語を羅列した復元パスワード、そのどちらを見ても一般に普及するには仕組みが複雑であり、現在使われているログインパスワードやICカードの方が遥かにユーザーフレンドリーである。

重要なデータを管理する際にはマルチシグ(複数の署名)の採用が考えられるが、この場合も秘密鍵を何か別の簡単な形式に置き換えることが必要だろう。企業にとっては何よりユーザビリティが重視される。

多数の企業によるネットワーク参加が必要

ブロックチェーンを活用したデータ管理は、多くの企業がネットワークに参加して初めて効力を発揮する。社内だけで完結するのであれば、ブロックチェーンの導入メリットはほとんどなく、独自の情報管理システムを使い続けた方が良いだろう。現在でも金融業界を筆頭に多くの企業がコンソーシアムを組んでブロックチェーンの実証実験に励んでいるが、実際に実用化を進めていくにはこのような企業連携が必要不可欠である。

しかしながら、次第に増えてはいるものの、ブロックチェーンの導入に前向きな企業は未だ少なく、大半の企業が大企業の動向を伺っている状況である。

ブロックチェーンの導入事例

個人ID情報の管理

ソフトバンク株式会社と米国のブロックチェーン技術開発企業TBCASoft, Inc.は、ブロックチェーンによるID情報管理・認証を推進するワーキンググループを、通信事業者のコンソーシアムであるCarrier Blockchain Study Group(CBSG)で発足させた。

現在はTBCASoft, Inc. が開発した分散型ID管理プラットフォームCross-Carrier Identification Systemの有用性を世界中のCBSGのメンバーと連携して検証している。

講座受講履歴や成績データの管理

株式会社ソニー・グローバルエデュケーションと富士通株式会社、株式会社富士通総研は、外国人留学生の受入・育成を行う教育機関であるヒューマンアカデミー株式会社の協力のもと、講座受講履歴や成績データの管理においてブロックチェーンの有用性を確認する実証実験に取り組んでいる。

貿易貨物や手続きに関する情報管理

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は株式会社NTTデータ協力のもと、貿易貨物や手続きに関する情報を事業者間で安全に管理・共有できるブロックチェーンを活用した情報共有基盤の開発に着手している。北米やアジア向けのコンテナ輸出を対象とした港湾での実証と効果検証を実施した後、2019年度中の貿易情報連携基盤の社会実装を目指すとのことだ。

分散型クラウド

GoogleドライブやAWSといった既存のクラウドサービスが抱える、一元管理や管理コストの高さ、管理者閲覧などの問題を解消しようとブロックチェーンを活用した分散型クラウドストレージプラットフォームの開発を進める企業がある。その代表例がStorjやSiacoinだ。世界中の端末に分散してデータを保存することで安全かつ機密に情報管理できると言われている。