bitFlyer自己売買事実の公表 暗号資産業界の今後の規制を考える

松嶋真倫

今年5月29日、国内大手暗号資産交換業者bitFlyerが同社の取引所サービスにおいて自己売買を実施していることを明かした。これは収益目的ではなくbitFlyer Lightningおよび簡単取引所における流動性供給を目的としたもので、フロントランニング(顧客注文の前に当社注文を先に出す行為)や顧客注文情報の利用、当社注文の優先処理、システム障害が発生した際に当社は取引できるといった不公正取引の事実はないとのことだ。これに伴い、ユーザーの取引レポートの項目には「自己・媒介」が追加され、それぞれ取引相手がbitFlyerになる場合は「自己」が表示されることとなった。

この公表を受けて、業界の投資家界隈では「自己売買が流動性確保の為に必要なのは理解できるが、自己売買基準と監視体制についても公表すべき」、「自己売買は本当に収益目的ではないのか」、「自己売買して且つSFD(現物とFXの乖離縮小制度)で手数料を取るのは詐欺」などとbitFlyerに対する厳しい声が上がっている。しかし、暗号資産交換業者が証券会社や銀行など伝統的金融機関のように自己売買を行うのはごく自然な流れだろう。今回たまたまbitFlyerが先んじて公表しただけで、おそらく他の交換業者もまた密かに自己売買していると思われる。以下では、自己売買を題材に業界の市場統制について考察する。

一定のリスク管理下において認められる自己売買

証券会社の基本業務の一つである自己売買業務は、主に会社としての収益と取引所としての流動性確保を目的としている。しかし、何でも自由にそれが許される訳ではない。

流通市場において委託売買業務も行う証券会社は、自己売買によって一般投資家に不利益を与える可能性があるため、冒頭で触れたフロントランニングなどの行為が金融商品取引法(金商法)で禁止されている。また、金融庁が策定した「自己売買業務のリスク管理に関する事務ガイドライン」に原則従わなければならない。そこで求められることは、各社が財務状況を勘案した適切な自己資本比率および最大許容リスク額を設定し、その範囲内で自己売買業務を行うこと。また、業務状況を社内でモニタリングし、その基準を経営状況に合わせて都度見直すことである。

bitFlyerが今回批判に晒されたのは、社内の自己売買基準および管理態勢を一切公表することなく、自己売買している事実だけを述べたからである。市場への介入規模すらわからない状況で、「自己売買はあくまで流動性を確保するためのもの、不公正取引の事実はない」と言われても説得力に欠く。金融庁規制および業界自主規制への対応をアピールする為に、証拠金取引の最大レバレッジ倍率を引き下げるタイミングで、今回の公表に踏み切ったのだろうが、中途半端で逆効果となってしまったようだ。価格操作を疑うユーザーの信頼を回復する為にも、同社は早期に自己売買の透明性を確保しなければならない。

既存の金融業界でこれまで起きてきた自己売買の不正問題

金商法そしてガイドラインによる一定の規制を敷きながらも、既存の金融業界ではこれまで自己売買に関する不正問題が数多く起きている。大量の買い注文を出しながら成立直前に注文を取り消す「見せ玉」や売注文と買注文を同時に発注し約定させる「仮装売買」、上場企業の非公開情報を知りながら売買するインサイダー取引そしてフロントランニング取引など、今もなお不正が尽きることはない。国内の事例では三菱・モルガン系の証券会社が有名だ。海外でも英国HSBCやBarclays、米国Bank of Americaなど大手金融機関が不正を働き処分を受けている。

ほとんどの金融機関はコンプライアンス部門を社内に設置し個々の取引を独自に審査している。さらに、金融庁組織の証券取引等監視委員会もまた市場の監視および調査を行っている。インターネットがなく対面あるいは電話注文が主流だった時代に比べれば、彼らによる監視体制も整い、市場で不正を働くハードルは高くなった。しかし、市場のグローバル化や金融商品の多様化、プログラム取引の登場によって新しい問題が生じてきた。今日のデジタル化社会においては人為的管理の限界が近づいており、東京証券取引所などでは不正取引の監視にAI技術を導入する取組みも見られている。

暗号資産業界で起こり得る自己売買の問題

暗号資産交換業者が伝統的金融機関と同様に自己売買を行っていると仮定した時には、様々な場面が想定される。わかりやすいのが、取引所の従業員による新規通貨上場時のインサイダー取引である。2017年12月にCoinbaseがBitcoin Cash(BCH)を上場した際には、取引開始前に価格が急騰し、その後開始してすぐに下落したことから、その疑いがかけられた。また、ハードフォークで分岐した新通貨を取り扱わないと公表しながら、裏ではそれで得た新通貨を海外の取引所で売りに出し、不当に利益を得ることも考えられる。他に、各取引所における取引高のほとんどがBotを用いた仮装売買であるとの指摘もある中で、日常的に価格操作が行われている可能性も否定できない。

別の観点では、トレーダーではなくマイナーによるフロントランニングが懸念されている。マイナーはメモリプールからトランザクションを自由に処理することができる為、自身のものを他に優先し簡単に先回り処理を行うことができるのだ。特にこれは管理体がいない分散型取引所(DEX)で横行していると言われており、現状は対策が難しい問題となっている。DEX市場規模がまだ小さく今は問題が顕在化していないが、各プロジェクトはこの問題を解決する新たなマーケットメイク手法を模索している。その中では、既存の証券市場のようにマーケットメイカーとしてのサードパーティの必要性を述べる声もある。

暗号資産交換業者が金商法規制の対象に、市場の透明性向上に繋がるか


今年5月31日、業界規制強化策を盛り込んだ資金決済法と金融商品取引法の改正法が参院本会議で可決・成立し、暗号資産交換業者が正式に金商法規制の対象となった。これにより暗号資産交換業者は従来の金融機関と同様に不公正取引の防止や一定の情報開示が求められるようになる。施行予定は2020年4月と先だが、国内交換業者はそれまでに対応を様々迫られ、今回bitFlyerが自己売買の事実を公表したように、この一年で市場の透明性確保が一層進んでいくだろう。反面、取引所の新規口座開設や取引確認手続きが煩雑化することも考えられる。

一方、この業界の不正を国や特定機関がどこまで取り締まることができるのかという議論もある。なぜなら、私たち暗号資産ユーザーは従来の取引所に限らずDEXや個人ウォレットを介して世界中の誰とでも取引をすることができるからだ。また、暗号資産を用いた匿名取引も一部行われていることを考えれば、既存の証券市場と比べて遥かに市場の監視が困難であることがわかる。ブロックチェーンの取引監視ツールの開発も各国で進んではいるものの、その実用性についてはまだ検証段階にあり、課題は山積みである。

今回の暗号資産関連法の成立は国内業界の健全化を大きく後押しするだろう。しかし、それは既存金融の枠を超えることはなく、これからの新しい金融レイヤーを規制するには不十分と言わざるを得ない。G20はじめ世界的な業界ルール作りの動きにも注目が集まるが、その効力についても期待通りのものになるか疑問である。国や業界構造、組織の在り方に疑問を投げかけたこの業界では、コードで統制するのか、分散的に統制するのか、正解はわからないが何か新しい市場統制の形がやはり必要なのかもしれない。

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