経済学的思考から日本の社会構造問題の解決を図る学生起業家:株式会社 LCNEM 木村優

松嶋真倫

木村氏のアイキャッチ画像

一見何の不自由も無く見える日本の社会はあまりに非効率なことだらけだ。そう語るのは、株式会社LCNEMの代表取締役を務める木村優氏である。今年4月に京都大学経済学部から京都大学経営管理大学院に進学したばかりで、経営者と学生の二足の草鞋を履く木村氏はなぜ在学中に暗号資産・ブロックチェーン業界で起業しようと決意したのか。現在の日本の社会構造問題への想いを語ってくれた。

1997年、滋賀県出身、京都大学経済学部卒業。在学中の2018年3月に株式会社LCNEMを創業し、現在は京都大学経営管理大学院に籍を置きながら会社経営を行う。

経済学を学んで見えてきたのは社会があまりに非効率に動いているということ

木村氏は中学生の頃に夢中になったゲームをきっかけに独自でプログラミングの学習を始めた。モンスターハンターやメタルギアソリッドにハマった木村氏は、ゲームのチートプラグイン開発を通じてC言語、C#、Javascript等と学習言語を増やしていき、次第にプログラミングの世界にのめり込んで行ったという。この時が高校受験真っ盛りの時期であったというから驚きだ。「決められた答えを導くだけの高校受験は退屈だった」と木村氏は話す。

高校時代の得意科目はやはり数学と物理、そんな理系青年がなぜ経済学の道を選んだのか。「今思えば幼少期に過ごしたシンガポールでの生活が関係しているかもしれない」と木村氏は過去を振り返る。木村氏が通ったシンガポールの日本人学校では、小学生ながら日本を含めたアジア近隣諸国の政治経済に関する授業が行われていた。高校の文理選択の時期に、そんな幼少期の記憶もあって国際政治経済になんとなくの関心を抱いていると、日本ではちょうどアベノミクスが始まった。これが木村氏の経済学への知的欲求を掻き立てることとなる。木村氏はアベノミクスについて調べるうちに、今では現代貨幣理論(MMT)や物価水準の財政理論(FTPL)と呼ばれる理論の先駆けとなる議論を当時から発見し、興味を覚えていったという。

大学に入り本格的に経済学を学び出すと、これまでの日本の社会に対する見え方が大きく変わった。木村氏は「総生産も高く豊かに見えた日本は驚くほどに非効率なことで溢れている」と語る。では、その非効率さの原因は一体何であるのか。木村氏は社会における選択肢の少なさ、そしてその状況を作り出す誤った社会の制度設計が問題であると考えている。選択肢が増えれば自ずと個別最適化が進み社会全体の幸福度が増すはずだが、今の社会では決められた制度によってあらゆる選択肢が硬直的となっている。例えば、新卒一括採用と終身雇用制度による日本の人材流動性の低さはその一例である。

暗号資産・ブロックチェーンは資産の選択肢を増やす

木村氏が暗号資産・ブロックチェーンへの興味を強めたきっかけは大学時代のゼミである。ちょうど世間的に暗号資産の投機バブルが起きていた時期で、ゼミ内でも暗号資産投資が一時のブームになっていた。そんな時にゼミで「ブロックチェーンのインセンティブ設計」をテーマにグループ論文を書くことになり、木村氏は本格的に暗号資産そしてブロックチェーンについて学び始めた。

「暗号資産・ブロックチェーンの最大の特徴は、ガバナンスによってルールを変えられる」と木村氏は話す。最近では、電子マネーの数が増えて支払い手段が一見多様化されたかに見えるが、それらはあくまで「同じ種類のお金を払う方法が増えた」ものであり資産のバリュエーションは増えていない。しかし、プログラムによって規定される暗号資産は、既存の法定通貨や電子マネーと違って、民主的かつ柔軟にルールを決めながらコミュニティに合った形で運用することが可能であり、資産の選択肢を広げる。

経済学には「制度を憎んで人を憎まず」という格言があり、木村氏がモットーの一つに掲げるこの考えが、上述したような暗号資産・ブロックチェーンの可能性とマッチした。今の日本では、社会の変化スピードに対して制度のアップデートが明らかに間に合っていない。この新技術によって、資産の選択肢が増えるだけでなく、世の中のインセンティブ構造への考え方に影響を与え、経済厚生の高まった社会に移り変わっていくと木村氏は考えているようだ。

幸福度=選択肢の多さ

木村氏は経済厚生という言葉をよく使う。先ほども触れたこの言葉は簡単に言えば「社会の幸福度」を指すのだが、木村氏にとって幸福とは何かを聞くと「選択肢の多さ」と答えた。例えばお金が足りないと、自由な行動はできない。お金が選択肢を狭めている。一方で例えばお金が余っていても、仕事に縛られていては自由とは言えない。仕事が行動の選択肢を狭めている。人によってお金が足りないと感じる水準は様々であるし、自分がやりたいことをどこまでできているのかについても、捉え方は個人で異なるだろうが、これは事実である。木村氏はこの定義に従えば「今の自分は幸せである」と自信を持って話す。

では、木村氏にとってお金とは何なのか。木村氏は「お金は納税するために発行されているものにすぎない」と租税貨幣論の立場を支持する。租税貨幣論とは、納税に使うものとしてお金の価値が生まれ、それが広く流通しているという考えである。共同幻想によってお金が流通している主張する表券主義の考えは、経済学の世界では通説と見られているが、お金の使い途を循環論法でしか説明することができず、どうも説得力に欠ける。それよりも納税というシンプルなお金の使い途を示した租税貨幣論の考えの方が、論理的で正しく思えるのだ。

そして、木村氏のやりたいこととは何なのか。「世の中の選択肢を増やし、社会全体の経済厚生を高めたい」この想いを胸に木村氏が学生時代に一人で立ち上げたのが株式会社LCNEMである。同社では日本円にペグしたステーブルコインLCNEM Chequeの発行を行なっている。トークンを前払式支払手段として提供することで法的問題をクリアにしながら、価格変動リスクを抑えて暗号資産引いてはブロックチェーンの普及に貢献しようという取り組みだ。現在は、ビットコインの2ndレイヤー技術Lightning Networkと組み合わせて、価格変動無しにマイクロペイメントが可能なサービスの開発を進めている。

最近では社会貢献を強く意識する起業家も多い中で、木村氏は「自分のやりたいことが結果的に社会貢献に繋がれば良い」と話す。社会の中で自分が論理的に納得できないことを解消するベクトルに舵を切ること、そして自分の好きな技術の素晴らしさを社会に広めること。これらを会社の事業として続けることが、結果的に何か社会に役立つことになれば良いと木村氏は考えている。

業界のポエミー成分を適度に保ち、互いが協力し合える文化を醸成していきたい

「自分には企業に勤める選択肢はなかった」と木村氏は言う。暗号資産・ブロックチェーン業界はまだまだ発展途上であるからこそ、企業に勤める形で携わるのは難しく、何より自分自身で事業を始めるチャンスがある。そして、少数精鋭で機動力があるスタートアップ企業だからこそ業界に貢献できることがあると木村氏は考えている。株式会社LCNEMは現在NEMブロックチェーンやCosmosネットワークを主に扱っているが、これから多くのブロックチェーンに対応し、あくまで中立的立場から大企業も巻き込んで技術の社会実装に貢献していくつもりだ。

「暗号資産・ブロックチェーンのポエミーフェーズはもう終わった」と木村氏は話す。かつてはSNSを中心に、暗号資産・ブロックチェーンのことをよく知りながら、自らビジネスに携わることもなく、その概念的な魅力ばかりを語るポエマーが溢れ返っていた。しかし、その流れからは次第に脱却しつつある。これからは業界におけるビジネスの成否が評価されるフェーズであり、その中で「ポエミー成分はあっても良いが多いと害悪。業界プレイヤーが互いに協力し合える文化を醸成したい」と木村氏は最後に語ってくれた。

木村氏はこの4月に経営管理大学院に進学したが、これはあくまで会社経営にフルコミットする為の選択であることを強調した。採用を進め、本格的に動き出した株式会社LCNEMはこの先、暗号資産・ブロックチェーン事業を通して社会にどのような選択肢を提供するのだろうか。今に注目すべき業界企業の一つである。

※ 本インタビューは、2019年5月に実施しました。

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