起業家として金融業界の変革にチャレンジするエンジニア:Ginco 森下真敬

松嶋真倫

日本国内において暗号資産のウォレットやブロックチェーンインフラ事業を牽引する株式会社Ginco。その共同設立者兼CTOとしてブロックチェーンエンジニアリングの最前線を走る森下真敬氏は、企業人として会社の事業拡大を第一に考えながら、個人としても株式会社Gincoという船の上で自己実現を図っている。「金融・経済の巡りを良くしたい」と話す森下氏は、どのような想いで暗号資産・ブロックチェーン業界に携わっているのか。話を聞いた。

岐阜工業高等専門学校にて電気・電子回路の知識を学んだ後、豊橋技術科学大学・大学院では自然言語処理、人工知能、Deep Learningについて研究。卒業後は株式会社アカツキに入社し、ゲームサーバーのインフラ開発に従事した。現在は株式会社Gincoの共同設立者兼CTOとしてウォレット事業の技術面を支える。

ニッチな領域でいかにリスクを取りつつレバレッジのかかった人生を歩むか

森下氏は幼少期にまずパソコンとタイピングゲームを両親から与えられた。ゲームボーイや64といったゲーム機器は一切買ってくれなかったが、パソコンだけは遊ぶことを許されたという。タイピングを覚えてオンラインでのコミュニケーションを始めると、森下氏は顔の見えない相手と話すことに不思議な感覚を覚え、自然とインターネットの世界に入り込んでいった。

森下氏は、地元の一般校ではなく遠方の工業高等専門学校への進学を決意し、高校生にして親元を離れた。その理由は、インターネットについて学びたいという気持ちはもちろん、一番は親の縛りから解放されたいという想いが強かったからだ。そのような動機は、インターネットに魅了された人間にとって必然的なものだったのかもしれない。入学後にはインターネットではなく電気・電子回路の知識を主に学ぶこととなったが、「ハードウェアを学んで改めて、チャットや掲示板に夢中になった頃を思い出し、ソフトウェアの世界を学びたいと思った」と森下氏は当時を振り返る。

大学・大学院では、先ほどの言葉の通りソフトウェアの世界に入り、特に自然言語処理や人工知能、Deep LearningといったAI領域を専門に研究を進めた。その傍ら、森下氏が学生時代に夢中になったのはスキーやスノーバイクといった身を削るエクストリームスポーツである。 この時のわくわく感は人生設計においても重要な要素になっているのだろう、「迷った時は出来るだけ挑戦的な選択肢を選ぶ」と森下氏は話す。

森下氏は、小学校の作文で「将来は社長になる」と書いていたようだ。当時はお金持ちでマイノリティーな存在である「社長」という職業に漠然とした憧れを抱いていただけと振り返るが、結果として森下氏は「起業」というキャリアを歩んでいる。一番のきっかけは学生時代にアメリカのシリコンバレー見学ツアーへ参加したことだと言うが、人生の様々な局面でチャレンジングな選択を行ってきた森下氏にとって、それは当然の結果だったはずだ。「誰もやったことのないことに自由に挑戦する人生を歩みたい」と、今でははっきりとした起業家像を持っている。

自分のニーズを満たした環境がたまたま暗号資産・ブロックチェーン業界だった

森下氏は、証券会社に勤めていた親の影響もあってか、学生の頃から金融業界への強い関心を持っていた。一方で、 幼い頃からIT業界の成長と躍進を体感してきたこともあり、資本主義の上では「利益の出るサービス=社会に必要とされているもの」という考えを持っていた。

そんな森下氏は、大学院卒業後にゲーム会社である㈱アカツキに新卒入社し、ソーシャルゲームの開発に携わるようになる。ところが、大規模で複雑なシステム開発に関わっていると、次第に自分の手で0から作りたいという衝動に駆られ 、転職を考えるようになった。 その時に出会ったのが暗号資産・ブロックチェーンである。ニッチな領域で、エンジニアリングとして面白く、金融に関連した社会課題にも関連している。そして、起業であれば自分の経営理念を形にすることができる。株式会社Gincoの共同設立者兼CEOである森川夢佑斗氏から話を聞いて「チャンスしかない世界だと思った」という。

森下氏は森川氏とビジネスコンテストで初めて出会った。森下氏はそれまでにハッカソンでの受賞経験もあり自信を持って臨んだが、この時「ビジネスはエンジニアリングとは全く別の世界だ」と痛感した。ハッカソンでは技術力を武器にプロダクト勝負で勝つことができたが、ビジコンでは求められるものが大きく違った。アイデアの新規性や実現可能性、マネタイズ方法など、プロダクトはそれが認められて初めて作られる。

森下氏はどんなにアイデアが優れていても、それを実現できるかがわからない状況を好まず、御託を並べる前にまずは手を動かすことが重要であると考えている。そんな森下氏は、ビジネス思考に優れた同世代の森川氏と出会い、自分は「社長」としてビジネスを行うのではなく、チームのポートフォリオを意識し「エンジニア」としてレバレッジをかけた方が良いと気づき、後に共同で株式会社Gincoを創業することとなった。「良いプロダクトを作る為には相応のリソース(ヒト、カネ、時間)が必要であり、そのためにはチームが必要だ」と森下氏は語った。

挑戦しているのは金融業界であり、ブロックチェーンはその為のツールの一つ

株式会社Gincoはマイニング事業に始まり、個人向け暗号資産ウォレットの開発そして法人向け技術提供と市場に合わせて事業を拡大してきた。現在は自社のウォレット、クラウド技術を用いて、金融庁の規制に対応した、取引所をはじめとする法人向け暗号資産ウォレットの開発を手掛けている。

森下氏は「技術基盤を整えることでブロックチェーンを広めたい」と話す。事業者ごとに内製で一からウォレットを開発するには大幅なコストがかかる上に、規制整備が不十分な状況ではリスクの高さからどうしても大企業の資本が入りづらい。また、アプリケーション開発を手掛ける企業は徐々に増えているが、インフラ開発を進める企業は未だに少ない。ブロックチェーンの知見があるベンチャー企業、株式会社Gincoだからこそできることであると森下氏は考えている。

では、ブロックチェーンの普及によりどのような社会課題を森下氏は解こうとしているのだろうか。「金融の流動性を高めたい、ブロックチェーンはその為のツールにすぎない」と森下氏は言う。既存の金融システムはその閉鎖的構造そして送金・決済コストなど多くの問題を抱えている。ブロックチェーンは、非金融領域の金融化やステークホルダー間の障壁を解消することによってこれらの問題を解決し、市場における”お金”の流通を促進する可能性を秘めている。ウォレットはそのタッチポイントとして役立つ。

「やってみた結果、意味がなかった」は意味がある

規制環境が整っていない暗号資産・ブロックチェーン業界では、資本の小さいベンチャー企業は、マーケットに合わせて事業をピボットしながらキャッシュポイントを維持しなければならない。その上で最も重要となるのが「ビジネスの領域選択である」と森下氏は話す。間違った領域を選べば、中小企業は忽ち利益を持続することができなくなり、事業が破綻しかねない。また、ブロックチェーンの有用性を検証する実証実験(PoC)を行うには相応の予算が必要となり、利益を無視してそれを行うことができるのは現状資本の大きい大企業に限られている。

この業界は、パイ全体がまだまだ小さく、大企業を含めどの企業であっても十分な利益を生み出すことが難しい。特にスタートアップ企業にとっては厳しいビジネス環境だろう。
しかし、このような環境だからこそ、各々がサービスを作り抜く気概を持たなければならない。「膨大なPoCとR&Dの積み重ねの果てに、技術の社会実装がある」 と森下氏は語る。マーケットが拡大するためには失敗も不可欠だ。「やってみた結果、意味がなかった」は意味があり、その積み重ねによって良いサービスは出来上がるのである。

インタビューの最後に「今でも社長になりたいか?」と問いかけると、森下氏は「今は(株式会社)Gincoを会社として成長させることしか考えていない」と自信を持って答えた。その時の表情からは、CTOという立場ながら経営者として会社の将来を確りと見据える、森下氏の熱い想いが伺えた。そんな森下氏が支える株式会社Gincoは、主軸となるウォレット事業を通して、既存金融に今後どのような変化をもたらすのだろうか。

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