ブロックチェーンは電力業界が抱える「2019年問題」を解決しうるのか

松嶋真倫

最近、国内ではブロックチェーンを活用した電力関係の実証実験(PoC)ニュースをよく見かける。今年だけでも富士通、丸紅、トヨタ、中国電力、北海道電力といった大企業が、電力の個人間取引の実現や電気自動車(EV)スタンドの環境整備に向けてPoCを開始した。このように電力業界でブロックチェーンの活用が積極的に検討されている背景には、この業界における「2019年問題」がある。一部を切り取った報道だけではそれがなかなか伝わらない中、以下ではこれまでの業界の流れを振り返り、ポスト2019年問題の社会について考察する。

電力の固定価格買取制度(Feed-in-Tariff)と2019年問題

エネルギー資源が乏しくその多くを輸入に頼る日本では、以前から再生可能エネルギー普及の必要性が叫ばれてきた。その中で2009年11月にスタートしたのが、家庭や事業所などの太陽光発電の導入促進と省エネ化を主目的とする余剰電力買取制度である。この制度は、電力会社に国が定めた固定価格で太陽光発電の余剰電気を買い取ることを一定期間義務付けるもので、一定の効果をもたらしたが、売電収入が設備の初期費用に比べ少ないという問題もあり、2012年に一部変更が加わる形で固定価格買取制度(FIT)に統合された。FITでは、買取対象が太陽光以外の再生可能エネルギー全般に拡大され、十分な売電収入確保のため全量買取制が導入された。

そして、これらの制度が始まって早10年が経とうとしており、2019年11月には住宅用太陽光発電(10kW未満)の余剰電力買取期間を満了する世帯が現れ始める。満了後の余剰電力の取扱いについては、今年に入って電力会社をはじめ各社が対応方針を発表しているが、どの会社も何が最適かわからず手探りな状況にある。また、該当世帯としても自家発電した電力の余剰分をどのように処理すべきか頭を抱えている。つまり、電力業界全体として買取期間満了後の対応に関する明快なソリューションが現状見当たらないのだ。このような事態になることを懸念して、業界ではこれまで「2019年問題」と言われてきた。

電力の自由・分散化と電力網のIT化

電力業界を語る上で無視できないのが自由化そして分散化の話だ。かつては戦争の名残もあり、10の電力会社が地域ごとに市場を独占する中央集権型の電力システムが運用されてきた。それは高度成長期のように電力需要が右肩上がりの時代には、供給の安定性が確保され、上手く機能していたが、その落ち着きとともに価格の独占や災害時の大規模停電などを問題視する声が増え、電力自由化の議論が沸き起こった。それと並行して政府が推進したのが上述した再生可能エネルギーである。FITなどの取り組みによる太陽光発電や蓄電システムの普及、さらには電気自動車(EV)の登場によってプロシューマー(生産消費者)化する家庭や民間企業が増え、電力の分散化が進んできた。

電力の自由・分散化の流れの中で、今注目を集めているのがスマートグリッドと呼ばれる次世代型電力網である。電力は貯蔵コストが高いため需給を都度調整しなければならない(これを同時同量の原則という)。これまでは地域ごとの電力会社によって実需ベースでそれが行われてきたが、電力ネットワークが複雑化する今日では計画値ベースで需給制御が行われている。また、第三者機関が家庭や事業者などの電力使用者に節電協力を要請し、ピーク時の電力消費を抑制する動きも見られる(仮想発電所、デマンドレスポンスなどと言われる)。これら需給の調整に関して様々改善はされてきたが、現在の電力システムは属人的に維持されているのだ。このような仕組みをIT技術によって効率化しようという取り組みが世界的に進められている。

電力×分散×IT=電力×ブロックチェーン


これらの話をして初めて電力×ブロックチェーンを議論することができる。ブロックチェーンに関して一定の理解がある人であれば、これまでを読んだだけでも電力との親和性の高さが伺えるだろう。具体的には、これまでポスト2019年問題の社会における家庭や事業所などの余剰電力の扱いについては、電力会社に継続して売るか、自家消費あるいは自家蓄電するかのどれかであったが、ブロックチェーンの登場によって個人間取引という新しい選択肢が強く意識されるようになった。実際に冒頭に挙げた丸紅、トヨタ、中国電力などの大手企業はその実現に向けた実証実験を進めている。

また、スマートグリッドの文脈では、需給調整を自動化する目的で、AIに並びブロックチェーンのスマートコントラクトの応用が検討されている。コードに従い需給調整が自動的に履行されれば、これまでの電力会社やアグリゲータ―の手間が減り、効率的な電力供給が可能になると考えられているのだ。その実現に向けては業界の協力体制作りや分散型電源の一層の普及が不可欠であるが、今後IoTの発展によって都市のスマートシティ化が進むことを考えれば、その一部として電力だけでなくガス・水道・通信などの社会インフラがインターネットを介して分散管理される未来は容易に想像がつくだろう。

電力業界の本源的課題は今も昔も変わらない

余剰電力買取制度が始まった2009年からの10年間を振り返れば、住宅用太陽光発電の導入件数は4倍近くにまで増加した。2011年に起きた東日本大震災は、国民に再生可能エネルギーの価値を伝える契機となり、住宅用蓄電池の普及を促した。また、日本ではまだまだだがEVも少しずつ普及し始めている。「2019年問題」と言うとどこか悪い印象を覚えるが、このように見ると国全体として再生可能エネルギーの普及は、その水準はさておき、着々と進んでいることがわかる。だからこそ留意すべきは、ポスト2019年問題の社会を迎えるからと言って何かが大きく変わるわけではないということだ。

日本人はやたら「〇〇問題」と名前を付けたがる。それにより世間の問題認識を強めることはできるかもしれないが、一方で、悪くないことを悪いと誤って認識させてしまい、本来解くべき課題に悪影響を及ぼす恐れがあることを理解しなければならない。今回の場合も、「2019年問題」を買取制度の終わりと勘違いして住宅用太陽光発電の導入件数の伸びが鈍化した面があると、太陽光発電協会の発表資料(2018年)では指摘されていた。政府そして電力会社は正しい情報を配信することで、改めて家庭や事業所の分散型電源導入の具体的なメリットを示さなければならない。その際にブロックチェーンに倣って導入のインセンティブ構造を見直すことも重要となるだろう。

ブロックチェーンは、導入の具体的効果が未だ理論の枠を超えない中で、電力業界に新たな未来予想図を示した。今検討されているP2P電力取引そしてスマートグリッドの実現に向けては相応の年数を要するだろうが、そのような時代がいつの日か訪れることは疑いようのない事実である。しかし、私たちはこの「ブロックチェーン」というキラーワードによって本質を見失ってはならない。電力の安定供給という業界の課題は今も昔も変わっていないのだ。その為の一つのツールとしてブロックチェーンは存在している。今回、電力業界でブロックチェーンの活用が検討される背景について述べてきたが、他の業界を見る際にも業界の流れそして本源的課題は何かということに是非目を向けて頂きたい。

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