近鉄グループ・三菱総合研究所の実証実験に見る地域通貨の可能性

松嶋真倫

日本の主都東京では、終わりが見えないほどに都市の再開発が今もなお行われており、渋谷、新宿、池袋、銀座、六本木など人が集まる都市の名前を挙げればキリがない。この東京一極集中が問題視される今日、日本の第二の首都大阪においてもその動きは勢いを増している。2020年の東京オリンピックそして2025年の大阪万博を前に、インバウンド需要を取り込もうと、行政そして業界各社が協力して様々な策を講じているのだ。そのうちの一つとして、あべの・天王寺エリアの沿線開発を手掛けているのが、大型商業施設「あべのハルカス」でも知られる近鉄グループである。
同グループは、沿線活性化の一環で、早くからブロックチェーン技術に注目し、2017年より三菱総合研究所と共同で同技術を用いたデジタル地域通貨の実証実験に取り組んできた。今年11月から来年1月末にかけては、第3弾となる「近鉄しまかぜコイン」の試験運用も行われる。そこで今回は、彼らの実証実験の流れを振り返りながら、地方創生の文脈で語られることの多い地域通貨の可能性について考えたい。

実証実験の概要

電車のイメージ画像

(1)ブロックチェーンの技術検証および運用面の課題抽出

近鉄グループは、実証実験の第一弾として、2017年9月から約1か月間、あべのハルカス内の店舗で利用可能な「近鉄ハルカスコイン」の発行および運用実験を実施した。具体的には、ビットコインのカラードコイン機能を使ってブロックチェーン上で独自通貨を発行し、現金5千円に対して10,000コイン(1円=1コイン)をKIPSカード(近鉄発行)会員約5千名の参加者にモバイルアプリで配布し、対象店舗でそれらコインによるQRコード支払いを行った。結果として、電子マネー等に比べた時の使い勝手や店舗オペレーションに課題は見られたが、決済システムとして技術的に問題ないことが本実験で示された。

(2)不足機能の追加と実験範囲の拡大

第一弾の結果を踏まえて、同グループは、コインのチャージ機能や参加者同士の交換機能をアプリに追加し、その上で2018年10月から約2か月間、あべのハルカスほかグループ施設や大阪市施設で、KIPSカード会員の希望者全員を対象に同様の実験を行った。なお、今回は現金に対してプレミアム10%を上乗せする形でコインを配布し、店舗側でタブレット端末の操作が不要な固定QRコード決済をオプショナルで導入することでオペレーション負担を軽減した。また、顧客情報や取引情報をオフラインのプライベートクラウドに保管することでセキュリティ面の強化も図った。

(3)商業施設からいざ沿線へ

そして、冒頭に述べた通り、今年11月から来年1月末まで新たに行われるのが、近鉄沿線の重要観光拠点である三重県の伊勢・鳥羽・志摩地域の観光施設や飲食店などで利用可能な「近鉄しまかぜコイン」の実証実験である。同区間の特別パスポート「まわりゃんせ」の利用客や伊勢神宮参拝客をターゲットに、プレミアム10%でコインを配布し、沿線いくつかの駅にはチャージ専用の機器を設置する予定である。また、対象施設・店舗でのコイン決済に連動したモバイルスタンプラリーを導入することで、同地域へのさらなる誘客を期待するとともに、地域通貨を使った新しい沿線活性化モデルの構築を試している。

地域通貨は沿線活性化に役立つのか

QR決済のイメージ画像
こうした近鉄グループのこれまでの取り組みに目を向けると、特に地方沿線で地域通貨を発行する意味が見えてくる。

キャッシュレスの推進

これは政府の方針としても掲げられているが、若者離れによる高齢化や商店街の衰退などが問題視される地方では、都心部に比べて未だ現金一途の生活を送るところが多いのが実情だ。そこで今回の実験では、使いやすさを重視して”高齢者でも利用可能な”アプリと”店舗側の負担が小さい”決済システムが作られ、支払いにはスマートフォンによるQRコード決済が採用された。その操作性について、実際に参加した30代から50代の女性を中心に「簡単であった」との声が多く、店舗側も「問題ない」と答える店が多かったという。このように、地域通貨を単なる支払い手段として見た時には、その他デジタル決済と大きな違いはない。

地域への誘客効果

となると、使い勝手以外のメリットがなければ、他の決済手段を差し置いて地域通貨をわざわざ利用する理由がない。その点を考えると、近鉄コインを発行する際に得られるプレミアムは金銭的でわかりやすい。旅行先で1万円が1万1千円になるならば、多くの人が喜んで使うだろう。他にも、特別パスポート「まわりゃんせ」との連携やその沿線を舞台にしたスタンプラリーからは、地域限定性さらには娯楽性が感じられる。その意味で、地域通貨は、ご当地キャラのような全面的なPRにはならないだろうが、地域観光あるいはイベントと組み合わせることで、その”色”を濃くするのに役立つと言えそうだ。

新しい観光ルートの創造

人が集まるところには経済圏が形成される。つまり、地域通貨によって各所への訪問インセンティブを上手く設計することができれば、「沿線」というコミュ二ティを自由に結びつけ、新しい観光ルートを創造することができる。次に近鉄グループが発行する「近鉄しまかせコイン」は伊勢・鳥羽・志摩の区間で流通するが、これで良い成果が得られた場合に、同グループが区間の延長もしくは別区間での新たなコインの発行を検討するのは間違いない。通貨で名所を結ぶことによって、ドイツのロマンティック街道のような有名ルートを日本の沿線でも生み出すことができるかもしれない。

なぜポイントではなくブロックチェーンなのか


最後に、地域通貨をブロックチェーン上で発行する意義、について見解を述べたい。この議論をすると、プレミアム商品券にすぎない、既存のポイントシステムでもできるなどの声が多く寄せられる。確かに、近鉄グループのこれまでの取り組みを見ても、ブロックチェーンを使う必然性は今のところ見当たらない。しかし、近未来を見据えた時には果たしてどうだろうか。ブロックチェーンがP2Pの最適な基盤技術になるかは別として、今後あらゆる分野で個人間取引の幅が広がっていくことに異論を唱える人は少ないだろう。そう考えた時に、来たるP2P社会に向けて、各地域の企業がブロックチェーンをあれこれと試す価値は大きい。

技術インフラとしてのブロックチェーン

ブロックチェーンの特徴、と言うとどうしてもセキュリティの話が先に来るが、ここで強調したいのは技術インフラとしての性質だ。つまり、一つのブロックチェーン上で複数のアプリケーションが同時に動作しうるという点だ。大企業目線ではHyperledger Fabricが開発の主流になりつつある中で、今なお開発者の多くから支持を集めるEthereumや米国で突如として現れたFacebook主導のLibraなどもあり、将来的にどのブロックチェーンがグローバルスタンダードになるのかは正直わからない。ただ、「1ブロックチェーンー1社ー1アプリ」ではなく「1ブロックチェーンーx社ーyアプリ(x<y)」で社会に浸透するということはほぼ間違いないだろう。

アプリがなめらかに繋がる時代へ

このようにブロックチェーンを捉えると、近鉄コインも今は単独だが、この先関西の鉄道各社さらには地域色の強い電力・ガス会社などと連携して動いていくのかもしれない。たとえ、近鉄グループがそれをリードせずとも、そのようなコンソーシアムが出てきた時に主軸となれる知見を貯めておくことは企業戦略として正しいように思う。「ポイントシステムを作りました、御社サービスと(一から)連携しませんか」という話はもはや時代遅れだ。これからは、ブロックチェーンを基盤にその上の様々なアプリが今よりもなめらかに繋がることで、社会のエコシステムが更新されていく。

とはいっても、ブロックチェーン上のマネタイズ方法が確立していない現状では、地域通貨に限らずどのアプリも実用化に結び付けることは難しい。近鉄コイン発行のプレミアム分もおそらくプロジェクト予算で賄っているのだろう。にもかかわらず、近鉄グループは実証実験を積み重ねて全力で未来に投資している。なぜなのか。それは自分たちの沿線地域を盛り上げたいという確固たる想いがあるからだ。その中で、なぜブロックチェーンなのか?そうした想いを実現する上で、頭打ちの現行システムよりもブロックチェーンへの期待の方が大きかった。本質的にはただそれだけのことである。

今月に始まる「近鉄しまかぜコイン」、そしてそれ以降の取り組みも追っていきたい。

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