Society5.0とは:東京ユアコインから透ける東京都の狙い

島田 理貴

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新たな価値やサービスを次々に創出するのは、ベンチャー企業やスタートアップだけではない。いま日本政府は新たな国づくりをめざして、「Society 5.0(ソサエティ5.0)」をキーワードとする「第5期科学技術基本計画」を策定し、実行にうつそうとしている。

政府による抽象的な説明

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閣議決定された「第5期科学技術基本計画」の本文には、Society 5.0について次のような説明がある。

狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続くような新たな社会を生み出す変革を科学技術イノベーションが先導していく、という意味を込めている。

つまり、「狩猟社会」をSociety 1.0ととらえ、それが順にアップデートされていった結果、ついに5.0が到来しようとしている、というのである。5.0をめざすというのだから、現在は4.xの「情報社会」ということになる。

また、Society 5.0は次のようにも説明されている。

ICTを最大限に活用し、サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)とを融合させた取組により、人々に豊かさをもたらす「超スマート社会」を未来社会の姿として共有し、その実現に向けた一連の取組を更に深化させつつ「Society 5.0」として強力に推進し、世界に先駆けて超スマート社会を実現していく。

わかるようでわからない不思議な文章だ。「超スマート社会」とはどのような社会をさすのだろうか。上の引用部の直後にその説明がある。

超スマート社会とは、「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細かに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスを受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」である。

先の説明よりは多少わかりやすい。子どもにもわかるようにいえば、「すべての人が透明なドラえもんと共に生きる社会」といったところだろうか。そのような社会を「未来社会の姿」として我々国民が共有し、その実現に向けてとりくむことを政府はめざしているのである。

なぜ日本が「ドラえもん社会」をめざそうとするのかといえば、それは、日本が歯止めの利かない人口減少・少子高齢化社会に悩まされているからである(政府資料においても、少子高齢化社会への危機感が幾度となく表明されている)。

情報社会といえど、大量の人的資源・労働力が必要とされる。少子高齢化社会の急先鋒にたつ日本こそ、いち早く自動化・自律化を推しすすめ、最適にリソースを配分しつつ、経済成長や「持続可能な社会」を達成しよう、ということなのだろう。

ブロックチェーンはどのように活用されるのか

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政府資料には、活用される先端技術として、IoT、ビッグデータ解析、AI、ロボット、センサー、バイオ、ナノ、量子などが登場するものの、我々の関心であるブロックチェーンや暗号資産はみあたらない。

しかし、個々の行政機関によるとりくみをみてみると、決してブロックチェーンが仲間外れというわけではなさそうである。たとえば、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「貿易手続データ連携システム」へのとりくみは、IoTやブロックチェーンを活用して、港湾におけるデータ共有や貨物管理を円滑にしようとするものである。

他にも、理研(国立研究開発法人理化学研究所)は、阪急阪神ホールディングス株式会社と連携して、ブロックチェーンを活用したヘルスケアデータ共有モデル構築事業を推進している。同社の資料によれば、この事業はヘルスケア領域だけにとどまらず、雇用創出、まちづくり、モビリティといったさまざまな領域に効果をもたらすという。

大規模な研究所だけでなく、市区町村といった小規模な自治体が主体となって推進されているブロックチェーン事業も多数あり、一例を挙げれば、岡山県の西粟倉村では、自治体みずから、ICOによる資金調達を実施する計画が発表されている。

東京都が発行する「東京ユアコイン」


(出展:戦略政策情報推進本部

筆者がとくに注目している行政主体のブロックチェーン事業は「東京ユアコイン」である。これは東京都による新たなポイントサービスであり、Society 5.0の一環として推進されている。

ポイントは、SDGsに貢献する活動に対して付与されるが、現金ではなくポイントの付与であるために、キャッシュレス化も促進される。いまのところ、この事業の展開エリアは、「生活エリア」と「オフィスエリア」にわけられており、生活エリアにおいては、株式会社東急エージェンシーが、オフィスエリアにおいては、株式会社三菱総合研究所が事業を受託している。

ただ、最初に東京都による「ブロックチェーン事業」といったが、このポイントの発行に、ブロックチェーンベースのシステムがもちいられているかどうかは、いまのところはっきりしていない。

オフィスエリアにおいてはブロックチェーンが活用される?

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生活エリアにおける「東京ユアコイン(生活型)」は、東急グループが発行する「TOKYU POINT」をベースとすることが発表されているが、「TOKYU POINT」とブロックチェーンとはなんの関係もない。

だが、オフィスエリアにおける「東京ユアコイン(オフィス型)」については事情が異なる。三菱総合研究所は、以前より、ブロックチェーンを活用した「デジタル地域通貨プラットフォームサービス」を提供しており、これを利用して、2018年には「近鉄ハルカスコイン」の実証実験をあべのハルカスで実施している。さらに昨年12月からは、「近鉄しまかぜコイン」の発行も開始している。

また同社は、1月1日より「デジタル地域通貨・ポイントやMaaSに関連する社会システムの構築・拡大に向け、専門人材を集約した「地域DX事業部」を設置」したと発表している。

そして、重要なのがプレスリリースの以下の部分である。

2017年度より取り組んでいる「デジタル地域通貨事業」で構築したプラットフォームを「東京ユアコイン(オフィス型)」の発行の仕組みに活用し、将来的な展開を検討すべく、同事業の「オフィスエリア型」に応募し、採択に至りました。

この文章だけでは、同事業にブロックチェーンが活用されているかどうかを確定することはできないが、その可能性は十分にあるといえるだろう。したがって、オフィスエリアにおいては、ブロックチェーンを活用したプラットフォームによって発行された「ポイント」が出回るかもしれない。

「急ぐ」東京都と「遅い」ブロックチェーン

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なるほど、もしかすると東京都は、あえて暗号資産的なポイントと一般的なポイントを区別して、実証実験を実施しようとしているのかもしれない。そうすることで、東京都という巨大な自治体が発行するポイントないし地域デジタル通貨にふさわしい技術基盤はなにか見定めることができるだろう。

ブロックチェーンは利点ばかりではない。それは、根本的に「遅く広がりにくい」システムである。1400万人もの人口を抱えながらも、オリンピックに向けて先進都市をアピールしなければならない東京都にとって重要なのは、スピーディかつ包括的なアップデートである。

だが、もし、東京都がブロックチェーンを利用した地域通貨を発行すれば、暗号資産業界には追い風が吹くだろう。東京におけるモデルケースは、地域通貨の導入をかんがえて二の足を踏む地方自治体の背中を押すのに絶好な材料となるだろうし、地域通貨が一般化すれば、暗号資産投資のハードルも下がり、多くの投資家の参入が期待できる。

また、「東京ユアコイン」の差別化の狙いが、筆者のいうようなものであったならば、ブロックチェーンを活用してみたいビジネスパーソンにとって、「東京ユアコイン」はいいモデルケースになるのではないだろうか。ブロックチェーンを導入するべきか否かの判断は、それほど簡単ではない。ブロックチェーンと一口にいってみても、じつに多様なプロダクトが存在し、それぞれにどのような特徴があるかを把握するのは並大抵のことではない。どのブロックチェーン関連プロダクトが、どのようなケースにおいて効果を発揮するかを判断することは非常に困難である。だからこそ、東京都のとりくみは貴重なサンプルとして注視する必要があるだろう。

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