目下のところ、Ethereum(イーサリアム)の価格は、米国とイランの先行きを案じて多少の上がり下がりがあったものの、いくらか前の値と比較すると、なぜもう少し伸びてはくれないのか、という気持ちにさせられる。
Ethereumは暗号資産(ETH)であると同時に、1つのDapps(分散型アプリケーション)プラットフォーム(Ethereum)でもある。したがって、プラットフォームと暗号資産の関係、これがいつだって重要になるのだ。今回はこの関係を紐解いてみたい。それにあたって、昨年8月に暗号資産リサーチ会社のDelphi Digital(デルファイ・デジタル)がリリースした報告書を手引きにしてみよう。
Ethereumは後発組との競争のまっただなかにある
報告書では、ETHの長期的な価値に影響をおよぼす可能性のある4つの懸念事項を挙げている。
1つめは、Ethereumとその他のネットワークとの競争にある。後者には、(1)現在稼働しているその他のパブリックチェーン(TRONやEOS、tezosなど)、(2)「次世代」プロトコル(DFINITYやHedera Hashgraphなど)、(3)中央集権型のクラウドソリューション(AWSやAzureなど)(5)プライベート/コンソーシアムチェーン(QuorumやHyperledgerなど)が含まれる。
EthreumはDappsにおけるパイオニアではあるが、その先行者利益がいつまでつづくかはわからない。たしかに、Ethereumは巨大なコミュニティを有しており、強力なネットワーク効果を得ている。しかも、Ethereumは「人々がスマートコントラクトについて考えるときの、ブランドに関する心理的な基準」になっている。
だが、後発組は後発組で、生みの苦しみが軽減されるという意味で有利である。報告書が紹介する、とある研究では、50種類の製品カテゴリーのうち、後発企業より先駆的企業が成功した例は、たったの15種類しかなかったことがしめされている。実際、一部の競合ネットワークはEthereumの失敗から学び、分散化の度合いを多少犠牲にすることで、よりスケーラビリティの優れたネットワークを構築している。
だが、報告書は「効率と速度を重視するならば、AWSが適切な代替手段である」という。ブロックチェーンは、手でやるよりは速いかもしれないが、既存のインターネットよりは遅い。それでも、既存のインターネットにはない多くの利点がある。だからこそ、BitcoinやEthereumといったパイオニアたちは、速度を犠牲にしてでも高度に分散化したネットワークをめざしたのである。
これを踏まえて、徐々にEthereumの勢いが衰えているところをみると、なるほど、開発者、利用者、投資家といった暗号資産・ブロックチェーンを取りまく人々は、ブロックチェーンと既存のインターネットとのあいだで揺れていたいということなのだろう。Ethereumはある意味で、新旧の価値観における衝突地点に立っているのかもしれない。
それはさておいても、Ethereumの今後の技術的なロードマップはある程度定められてしまっているため、後発組が開発においてより優位にあるのならば、我々は後発組の追い上げに着目するべきだろう。大型アップデートが完了するのは2021年半ばだと予想されている。少なくとも2020年内にすべてが完了する見込みは薄い。したがって、2021年までにアドバンデージのある後発組が、どれだけローンチ、スケーリングできるか、そして、後発組のうち、どれだけが対抗馬としての品格を備えてEthereumに挑戦するかが、Ethereumの命運を握っているといえる。
価値保存手段としてのETH
2つめは、価値保存の観点からの批判である。経済学の講義では、よく最初に、貨幣の3つの機能が紹介される。3つの機能とは「価値尺度、流通手段、価値保存」であるが、ここでは、最後の価値保存の機能をETHが果たせるのかが問われるのである。
現状、暗号資産のなかでもっとも価値保存の手段として認識されているのは、いうまでもなくBitcoinである。BTCは強力かつ明確で、不変のポリシーのもとに発行される。最大供給量は2100万BTCであり、マイニング報酬の半減期が設定されているため、過剰供給によるインフレが抑制されている。
とはいえ、発行上限枚数に近づいたとき、手数料市場が十分に発展していなかった場合には、マイナーへの経済的インセンティブが低下し、ネットワーク維持が困難になる可能性がある。この場合でも、報告書では「発行ポリシーが変更される可能性があるが、この変更は非常にうけいれがたいものであり、強く反対されるだろう」と主張されている。
他方、ETHの発行ポリシーはそれほど強力なものではない。発行上限枚数はなく、Bitcoinと比較すれば、発行ポリシーの変更も容易である。実際、報告書では、コンスタンチノープル後の年間発行率は4.8%であるのに対し、アップデートの完了後の発行率は0.22%に低下し、1000万ETHがステーキングのためにプールされるとしている。つづけて、「このインフレの減少は、価値保存手段としてのETHを改善したいという願いによって、少なくとも部分的に推進されていると仮定するのが妥当である」と述べている。
だが、報告書はその政策の狙いのズレを指摘する。「多くのBTCサポーターがEthereumに対して抱えている主な問題は、現状のインフレ率についてではなく、その発行ポリシーが変更される可能性についてである」と。
かんがえてみれば、あたり前のことで、普通、政府が大胆な金融政策を打ちだす場合にはなにかしらの抵抗をうける。国が大量の金をばら撒いたとき、それが実体経済に大した効果をあたえなかった場合、国民の貯金は目減りしてしまう。だからこそ、政府の金融政策には慎重さが求められるのである。
むろん、幾多の暗号資産のなかでどれか1つだけが、支配的な価値保存手段になるわけではない。法定通貨がなくなってしまう未来など想像に難しく、また、複数の暗号資産に価値保存手段としての能力が認められる可能性は十分にある。このいくつかの支配的な暗号資産の席に、ETHが座れるかは、「Ethereumがスケールし、マスに採択され、決定的な金融政策を設定できる」かどうかにかかっている。結局のところ「競争」である。
プラットフォームが活性化すればするほどETHの価値は下がる??
3つめは、高い流通速度の影響である。報告書は「交換方程式(MV=PQ)を使用してETHの価値を評価する場合、流通速度が速いと価格は低くなる」という。ここでいうMV=PQとは、「貨幣供給量 × 流通速度 = 物価水準 × 取引量」であり、より暗号資産の特性に近づけていえば、「ネットワーク価値 × トークンの流通速度 = サービス価格 × サービスの利用回数」となる(参考:Chris Bruniske氏)。報告書ではいくつかの仮定とこの方程式をもちいて、ETHの流通速度が高まり、市場価格が下落するシナリオを導いている。
とはいえ、この推計は多くの仮定やパラメーターの見落としを含むものであり、報告書でもその単純さが弁明されている。あくまでも予測されうるシナリオの1つとして、流通速度と価格の関係を提示したに過ぎない。だが、それでも報告書においては「低い流通速度は価格を支える」と結論づけられており、この報告書が、Ethereumというプラットフォームの拡大と、ETHの価値とのトレードオフ関係を予告したがっていることは間違いないだろう。
PoSのデメリット
4つめは、PoS(Proof-of-Stake)の安全性に対する懸念である。PoSベースのコンセンサスアルゴリズムにおいては、ネットワークの安全性と価格が密接に関係する。そのため、最悪の場合には、価格の低下がセキュリティの低下をよび、セキュリティの低下が価格の低下をよぶ、「負のフィードバックループ」が発生してしまう。
また、それ以外にも報告書では、PoW(Proof-of-Work)と比較して取引履歴の証明が不十分か限定的になることや、賭け金の大きさによって報酬が割りあてるしくみから生じる経済的不平等、「Discouragement Attacks」とよばれる限りなく低いコストでチェーンを支配できる攻撃リスクなどのデメリットが挙げられている。
ひとまず、報告書の結論部では「PoWからPoSへの変更はEthereumにとって大きなメリットになると考えている」といわれるものの、別の個所では、「負のフィードバックループ」が発生するシナリオが起こるかどうかも「まだわからない」の述べられており、歯切れが悪い。
筆者の意見としては、DappsプラットフォームとしてのパイオニアであるEthereumに倣った後発組と同様に、Ethereumの開発者やEthereumの動向を気にかける我々は、PoSを導入した先人を参考にしたらよいのではないだろうか。
PoSを最初に導入したことで知られるPeercoin(PPC)は、一時1PPC=1000円を記録し、ある時期には時価総額トップ10にも名を連ねていた。しかし、現在は1PPC=20円とみる影もないほどの凋落ぶりである。だが、意外なことに依然としてPeercoinコミュニティは存続している。フォーラムを覗いてみると、彼らがいかに取引所とのパイプラインを重要視しており、また、コミュニティ拡大にどれほど苦難しているかがわかるだろう。
もちろんPeercoinだけみて、コミュニティの拡大にこそ注力せよとか、取引所に上場できるように働きかけよとかいうつもりはない。あくまでも先人の一例を挙げたにすぎない。
PoSの技術的な解決をめざすならば、もっと大規模なコミュニティをもつオープンソースプロジェクトのブロックチェーンを参考にしたほうがいいだろうし、PoSに関する経済的な議論が知りたければ、Twitterや各種フォーラムでの議論をフォローするのがいいだろう。
急速に成長する韓国Kakao傘下のKlaytn
(Image from rawpixel.com)
ところで、DappsプラットフォームとしてのEthereumの調子はどうなのだろうか。State of the Dappsに掲載された執筆時のデイリーレポートをみてみよう。まず市場全体で、毎月どれだけのDappsがローンチされているかをあらわしたのが以下のグラフである。
2018年がローンチラッシュであることは明白だが、2019年も安定して開発が続いていることがわかる。通年でみれば、2017年と2019年では、2019年のほうがより市場も拡大しているようにみえる。図は省略するが、Ethereum単体でみても、市場と連動している様が確認できる。しかし、日ごとのデータをみると、Ethereumの低迷が浮き彫りになる。
Dappsの数では他を圧倒しているものの、トランザクションボリュームにおいては、下の3つのプラットフォームにダブルスコア以上の差をつけられてしまっている。さらに、アクティブユーザーについても、Klaytnに大きく引き離されている。
ところで、この数字をみたとき驚かされたのは、Klaytnの急成長ぶりである。Klaytnは韓国大手インターネット企業Kakaoの系列企業であるGround Xが手がけるDappsプラットフォームであるが、そのローンチは2019年の6月である。つまり、たったの半年でここまでユーザーを伸ばしているのである。
Dappsプラットフォーム間の競争においては、エコシステムの好循環が重要になる。ETHがユーティリティトークンである以上、エコシステムが確固たる地位を築けなければ、プラットフォームごと隅に追いやられてしまうだろう。
その点、Klaytnのエコシステム普及戦略は功を奏しているといえる。リリース時の段階で、Klaytn上にDappsを展開する予定のパートナー企業は51社にものぼる。Ethereumの企業連合が現時点で180社近くにとどまることと比較すると、その数字の凄まじさは一目瞭然である。Klaytn開発チームのメンバー・YG Kang氏はインタビューのなかで次のように述べている。
Klaytnはイーサリアムのコードをベースにしています。ここにこだわる理由は、すでに大きなユーザーベースを誇るイーサリアムとの互換性を保ちたいからです。
また、スループット・分散性共に優れたプロトコルは、まだ開発中ですぐには実用化できない……。
さらに同チームのメンバーであるSoo Kim氏はつづけて次のように述べている。
KakaoやGround XはB2C(企業から消費者へ)に重点を置いた企業なんですよね。ですから、最新技術は消費者に今すぐ使って欲しいんです。
運営評議会を設けたのも、新しいプロトコルを採用しないのもこのため(=スピード感)です。また、ゲーム系企業と多く提携しているのも、消費者が手軽にKlaytnに触れられるプロダクトを作りたいからです。
Kakaoは、日本でいう「LINE」のような存在であるメッセージングアプリの「Kakao Talk」を提供している企業である。日本在住者にとってLINEがインフラであるように、韓国在住者の多くが、Kakao Talkをインフラとかんがえている。
もしもLINEが、ソーシャルゲームをおすすめする気軽さで、Dappsをサジェストしてきたら、多くの人がそれに多少なりとも触れるのではないだろうか。Dappsがなにかわからなくても、Dappsを体験できてしまうという事態が容易に発生するのではないだろうか。おそらく、Klaytonの狙いはここにある。韓国国内でKakao Talkというインフラをつうじて、多くの人にKlaytonのDappsを体験させ、エコシステムの急成長をめざすのである。
しかも上のインタビューでは、KlaytonがEthereumとの互換性を保っているといわれている。したがって、Klaytonは国内のコミュニケーションインフラと、Dappsのグローバルスタンダードに接点をもっていることになる。Ethereumにとってはまさに伏兵である。
冒頭で述べたように、Ethereumの今後を定義する最大の懸念は「競争」である。2021年までアップデートが完了しないということがわかっているため、競争相手は、このスケジュールにあわせて追随することができる。先のDapps市場の数字をみて、2021年の勢力図を想像するとなかなかギリギリの戦いをしているようにもみえなくない。
先の報告書によれば、ETHの値動き自体は、プラットフォーム間の熾烈な競争のなかにあっても、BTCと高い相関関係にあるようだ。具体的には、2019年1~3月・90日間の平均相関係数が0.9。また、2019年3月から遡って過去12か月間のうち、75%以上の期間、相関係数は0.8以上であったという。
2020年は、この相関関係がプラットフォームの勢力争いのなかで徐々に解消していくのか、それともより価値保存手段としてETHが重用されていくのかが注目を集めるだろう。