政府や大企業と対話しながら業界の健全化を目指す:コンセンサス・ベイス株式会社 志茂博

松嶋真倫

暗号資産・ブロックチェーンへの世間的な関心が高まる中、世界的にあらゆる業界でブロックチェーンを活用した実証実験が行われている。コンセンサス・ベイス株式会社の代表取締役を務める志茂博氏は、古くから業界に関わり、これまでソフトバンクや大和総研、野村証券など名だたる企業のブロックチェーン実証実験やサービス開発に携わってきた。そんな国内の第一人者とも呼べる同氏にその実情と展望を聞いた。

東京都出身、米国の大学でコンピュータ・サイエンスを専攻。インターネット関連会社に勤めた後、フリーランスエンジニアとして2013年頃から暗号資産・ブロックチェーンに関する情報配信を開始。2015年に国内初のブロックチェーン専門企業としてコンセンサス・ベイス合同会社を設立し、2016年に組織変更する形で株式会社化。現在は大企業を中心に実証実験のコンサルティング、システム開発などを手掛ける。書籍の執筆やイベント登壇も積極的に行い、経済産業省のブロックチェーン検討会委員を務めた経験を持つ。

言葉や考えの捉え方を大事にする

三人兄弟の真ん中として自由な家庭に育った志茂氏は、幼くして哲学の世界に興味を持った。小学六年生の時に道徳の授業で先生が話した「ソクラテスの弁明」が印象的だったという。その後、哲学の本を読み漁るうちに言語哲学や認識論、現代思想と関心領域は広がっていき、志茂氏は「日本国内にいては同じ思想にしか出会えない」と日本の大学を中退してアフリカ放浪の旅に出たこともあった。どうやら学生当時は哲学者になりたかったようだ。

そんな志茂氏は「人と話をしていると違和感を覚えることが多く、特にこの業界ではそれが顕著である」と話す。言葉一つを取っても、色々な文脈で捉えることができるにも関わらず、特定の見方を信じてその立場からしか語ることができない人が多い印象を持つ。「ブロックチェーン」を語る時には、パブリックとプライベート、金融と技術、データ構造とプロトコルなど様々な捉え方があって、そのどれもが正しいはずだが、一つの視点からのみ主張を繰り広げる人が多いように感じている。志茂氏は「それぞれの文脈に合わせて話すことが大事であり、言葉や考えを巡って対立する必要はない」と語る。

社会構造を大きく変えうる暗号資産・ブロックチェーンとの出会い

志茂氏は、同じく小学六年生の時に触れたMSXという昔のパソコンをきっかけに、これまでエンジニアとしてのキャリアを中心に歩んできた。哲学の道を選ばなかったのは、哲学(思想)は好きだが哲学の研究がやりたいわけではなかったからだ。同氏はアフリカ放浪の旅から帰って、米国の大学への留学そしてインターネット関連会社での勤務を経験した後、フリーランスエンジニアとしての活動をスタートした。ビットコインを初めて知ったのはこの時である。P2P×通貨が果たしてどういうものなのか全く想像がつかず、ただひたすら「何であるか知りたい」という知的欲求に駆られた。

志茂氏は、2013年頃から本格的に暗号資産・ブロックチェーンについて様々調べ始め、そのうちにブロックチェーンが組織や国の在り方を大きく変えうることに気づいた。ルールもっと言えば社会をコード化することによって、インターネット上で国や会社という枠に縛られないコミュニティを成立させることができるかもしれない。それによって人の生きる選択肢が増え、それぞれがベストの選択をできる社会が訪れるかもしれない。具体的にどんなビジネスができるかはまだわからなかったが「突き詰めれば何か新しいことができそう」と考え知識を自分の中に蓄え続けた。

実証実験は課題ありきで行われるべき、問題は山積み

「需要が出るまでは業界で起業するつもりはなかった」と話す志茂氏は、世の中の動きを追いながら2015年にコンセンサス・ベイス合同会社を一人で設立し、その翌年に株式会社化して本格的にビジネスに乗り出した。設立当初から、技術専門会社としてエンタープライズ向けのコンサルティングやシステム開発、教育を主業とし、大企業をメイン顧客にしてきた。いわゆる大企業の実証実験の案件を数多く扱ってきた訳だが、志茂氏は「問題は山積みである」と述べる。

一番に、企業が実証実験を行う目的を定めにくいことが挙げられる。何か課題ありきでそれを解決する為にブロックチェーンの活用を検討すべきはずが、「よくわからないから何ができるか教えてほしい」とブロックチェーンありきで相談に来るケースがあるという。つまり、企業にとってブロックチェーン技術が何の課題を解決するのかが明確にわかりにくいという課題があると感じている。それゆえ、まずはブロックチェーン技術の基礎や仕組みを伝え、企業内の課題を洗い出して一覧化や明確化し、課題を解決できるようにサポートしている。

他にも、ブロックチェーンの導入前と導入後のコストを比較することが難しい問題や、理論上はステークホルダーが多いところにブロックチェーンを当てはめて共有するのが良いとされながらも、企業コンソーシアムを作るのがそもそも困難という問題がある。業界内で対立する企業同士の協力体制を築くことは容易ではなく、法律や契約処理なども絡んでくる為、一企業が「さあ、やろう」と言ってすぐにできることではない。志茂氏は「今は業界全体で最適なブロックチェーンソリューションを探しているフェーズにある」と実情を語る。

金融庁と現場の考えを中立的に理解した上で意見を述べる

ブロックチェーンの実導入を考える上でどうしても無視できないのが規制の問題だ。経済産業省のブロックチェーン検討会委員を務めた経験を持つ志茂氏は、業界では金融庁による規制を嫌気する人もいる中で、あくまで中立的立場を貫く。業界の変遷とともに金融色が強まり厳しい規制が敷かれることになったが、「決まってしまえばそれに従って舵を切るだけだ」と同氏は話す。しかし、一企業として現場の考えを政府に伝えることも重要であると考えているようだ。

例えば、日本ではERC20などの暗号資産に分類されるトークンの販売が難しい。また、交換業ライセンスのハードルが高く、取引所の新規立ち上げや追加的なトークンの上場が極めて難しい。このような規制環境下で、日本からBinanceのようなアルトコインを数多く取り扱う企業を生み出すことは現状不可能に等しく、規制への対応や審査などに非常に時間がかかるため、ビジネス機会を逃し世界から一部遅れをとっている。とは言え、志茂氏は、金融庁が重んじる投資家保護対策の必要性についても十分に理解しており、イノベーションや国際競争力も念頭に入れながら「双方が互いに協力する形で業界が健全化されていけば良い」との見解を示す。

志茂氏は、政府や大企業と対話しながら、現場の一ベンチャー企業の代表として業界の健全化そして社会の変革を目指している。ブロックチェーンの社会実装に向けては問題が山積みであるとのことであったが、志茂氏のどの考えにも縛られない柔軟性そしてプロとしての責任感を見た時に、私は妙な安心感を覚えてしまった。哲学的知からあくまで中立的な立場を貫く志茂氏は、今後どのようにして保守的な組織と現場の考えを繋ぎ合わせていくのだろうか。コンセンサス・ベイス株式会社の活動に注目である。

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