現実と仮想現実の融合によって社会課題を解くトークンエコノミスト:リアルワールドゲームス 岡部典孝

松嶋真倫

生涯を通して現実世界と仮想現実世界が融合した未来を追い続けている起業家兼エンジニアがいる。2001年在学中に起業を経験し、現在リアルワールドゲームス株式会社の取締役を務める岡部典孝氏は、幼い頃から現実そしてヒトに縛られない生き方をしてきた。リアルワールドゲーム×暗号資産の文脈で新しい経済圏の創造を目指している同氏は、今どのような社会の絵を描くのか。これまでの人生と社会の流れを追った。

福岡出身、一橋大学経済学部卒業。2001年在学中に有限会社リアルアンリアルを創業し、2002年に株式会社化、代表取締役社長に就任。2005年に同社取締役CTOに就任し、ゲームやポイントエコノミーの開発を担当。2017年にリアルワールドゲームス株式会社を共同創業し、取締役に就任。現在は同社が発行する独自通貨アルクコイン(ARUK)全般を担当する。

現実世界とゲーム世界で触れた“お金”

「幼少期は脳内でゲームの世界を妄想してばかりいる変な子どもでしたね」と話す岡部氏は、子どもの頃に機械ゲームで遊ぶことを家庭で禁止され、その反発心から中学・高校と福岡の実家を離れて横浜の寮がある学校に通った。その頃から、人に行動を制限されることが好きではなく、好奇心旺盛な人間であったという。横浜に移ってからは溜まった鬱憤を晴らすようにひたすらゲームに没頭した。

岡部氏は高校時代に文化祭実行委員としての活動を通じてお金への関心を強めた。文化祭の会計を担当した同氏は、予算1,500万円の中数百万円を常時手許で管理・運用し、この時にお金をやりくりすることの楽しさを覚えたという。また、株式への興味も持ち始めた岡部氏は、当時開かれていた株式甲子園というクイズ大会の全国大会に出場した。

このような経験もあり理系から経済学部へ転向した岡部氏は、大学に入るとオンラインRPGの世界にどっぷり浸かった。そこには独自の“お金”を介してアイテムが取引される新しい経済圏が存在した。授業に行かず一日の大半をゲーム世界で過ごしていた岡部氏は、「当時の私にとってはゲームの方が現実以上に“現実”でした」と学生時代を振り返る。

時代的に早すぎたデジタル通貨事業での起業

オンラインRPGの普及が進む中で出てきたのが、法定通貨を介したゲームアイテムの取引すなわちリアル・マネー・トレード(RMT)である。岡部氏が学生であった2000年台初頭は日本でRMTが出始めたばかりで、ゲーム会社による禁止措置などの積極的な介入もなく、掲示板を使った個人同士のサーバー間取引が主に行われていた。取引でわざわざ現金を挟むことに疑問を抱いていた岡部氏は、その代替手法としてデジタル通貨の可能性に注目し、この時からお金のデータ化そして現実世界とゲーム世界の融合は進んでいくと考えていたようだ。

岡部氏は経済学的観点からもデジタル通貨への知的好奇心を刺激された。ゲーム内で税金をかけることができるゲーム通貨は租税貨幣理論的にも通貨として認められる。また、「ゲーム」という特定のコミュニティ内で流通するデジタル通貨は、当時経済学の専門家の間で流行していた地域通貨と並び、最先端の議論であるに違いない。実際にゲーム内GDPが地域に留まらず小国のGDPを上回る事実も見られた。岡部氏は「経済学の研究を口実に授業を休んでゲームばかりしてました(笑)」と話す。

“研究”に集中するあまり卒業が遠のいていた岡部氏は在学中に起業を決意した。将来を考えた時に、新興分野であるデジタル通貨の研究を続けるには、会社として自分でやるのが一番であると判断したからだった。起業してエンジニアに転身した後、起業家コンテストのメンターとして出会った現代表:清古貴史氏とともに、デジタル通貨を使ったゲームアイテムの取引プラットフォームの開発を始めたが、社会がRMT禁止の方向に動いたこともあって断念した。「時代的にデジタル通貨事業は早すぎましたね」と岡部氏は創業時について話す。

ゲームドリブンのライフスタイルで人々の健康を促進したい

デジタル通貨事業からピボットしてゲーム×懸賞・ポイントサイトの領域で事業を続けてきた岡部氏は、イングレスというリアルワールドゲームに出会ったことで生活スタイルが大きく変化した。CTOとして一日中ベッドで過ごすことも少なくなかった同氏は、イングレスをきっかけに外を出歩くようになり、実体験としてゲームドリブンの生活を送ることで、改めて現実世界とゲーム世界の融合を感じたという。

岡部氏は「ビットコインが初めてピザと交換された」というニュースを見て暗号資産の存在を初めて知った。ゲーム世界におけるRMTの一連の流れを経験し、常にデジタル通貨領域で時代を先取りしてきたからだろう。この時は「やっと時代が追い付いてデジタル通貨が注目される時がきたかな?」くらいに捉えていたという。しかし、調べるうちにそれが新しいコミュニティ経済圏を創り出し、これまで思い描いてきたリアルとゲームの融合を実現する上で重要な鍵となりうることがわかった。

「リアルワールドゲーム×暗号資産はこれまでの関心領域が全て繋がっていて面白い」と話す岡部氏が取締役を務めるリアルワールドゲームス㈱は、独自通貨アルクコイン(ARUK)を使ったリアルワールドゲーム「ビットにゃんたーず」を現在手掛けている。ユーザーは特定スポットへの訪問やスポットの申請・評価によってネコアイテムおよびARUKに交換可能なネコインを貯めることができる。岡部氏が体験したように、ゲームドリブンで人々を歩かせ健康にし、最終的に社会の医療費削減に貢献することを目的としている。

法定通貨で解決できない問題を暗号資産・ブロックチェーンで解く

「暗号資産・ブロックチェーンは、法定通貨さらには資本主義で解決できない問題を解く為に使われるべき」と岡部氏は語る。テクノロジードリブンで考えるのではなく、今残されている企業や業界の課題ドリブンでブロックチェーンの活用を検討することが重要だ。今あるトークンの多くは、ブロックチェーンありきで解決する課題が曖昧なまま、その価値が価格の期待値ベースになってしまっている。しかし、課題ありきの場合にはトークンの価格に依らない確かな価値が生まれる。その点で、課題を解決する為のトークン設計がプロジェクトの成否を大きく左右すると言える。

通貨あるいはトークンの価値を議論する時に、岡部氏は「プラットフォームとしてそれらの使用を強制できるかどうかが本質である」との意見を述べる。法定通貨の国ごとの税金やイーサリアムのガス手数料などがわかりやすい例だが、「ビットにゃんたーず」においてもゲーム内の基軸通貨をARUKと定めることでそこに一定の価値が担保されるという。エコシステムとして優れているのであれば、特定の用途においてトークンの使用を強制することも悪くない。ARUK以外にも同様に価値を持つトークンが増え、各々が課題を解決しながら成長していくトークンエコノミーの未来を岡部氏は描いている。

内発的動機で価値を持ったバーチャル世界が現実世界に接続していく

最後に、現実世界と仮想現実世界は今後どのように融合していくかを聞くと、「トークンエコノミーによって人の行動理由が外発的動機から内発的動機に移行する形で進んでいくだろう」との見解を示した。取引所に未上場で市場価値がわからないトークンであっても、特定のコミュニティ内で具体的な用途があり且つ何か社会の課題を解くものであれば、内発的動機から保有インセンティブが働き価値が生まれる。内発的動機ドリブンで価値を持つ前にトークンが市場で値付けされてしまうと、人は金銭的利益を無視して行動することが難しくなり、コミュニティの健全な発展を阻害することになる。トークンはバーチャル世界で価値を持って初めて現実世界に“上場”するのだ。

岡部氏が開発を進める独自通貨ARUKは現在どの取引所にも上場していない。しかし、コミュニティ内では、健康促進の目的でゲームの中で使われる以外にも、様々な支払に使われているという。ARUKが創り出す新しい経済圏の可能性を信じる同氏は、「円よりもARUKを多く持ちたいですね」と楽しそうに話す。学生時代にゲーム世界を”現実”と捉えたように、今はARUK世界を“現実”と捉えているのかもしれない。

岡部氏は、世間が注目するずっと前からデジタル通貨に注目し、現実世界と仮想現実世界(ゲーム)の融合を意識して生きてきた。時代の流れとともにようやくそれは現実味を帯びつつあるが、技術としてはまだまだ不十分である。しかし、岡部氏は将来的にはリアルとバーチャルが融合した世界が出来上がると確信している。「自分が描く未来を信じてやり切ることが大事だ」と語る同氏は、リアルワールドゲーム×トークンエコノミー事業を通じて今後どのような“現実”社会を築いていくのだろうか。

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