薬物犯罪組織による不正取引が国際的に広がりを見せていた1980年代、犯罪収益の隠匿すなわちマネー・ローンダリング対策(AML)に関する国際協力を強化する目的で国際機関Financial Action Task Force(FATF)が設立された。彼らは各国が講じるべきマネロン対策の国際基準として「40の勧告」を策定し、2000年代に入りテロ犯罪組織が台頭したことを受けてテロ資金供与対策(CFT)に関する項目を追加した。そして、今年6月にその一部を改正する形で正式に追加されたのが、暗号資産に関するマネロン対策である。関連業者は登録・免許制や厳格なKYC義務など一定の規制が課されることとなった。
そのような中、日本は「第4次FATF対日相互審査」を今秋に控え、その対策に追われている。2018年2月には、金融業界全体のAML/CFT態勢強化を目指して、金融庁が「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」を制定し、これまで各社の指導にあたってきた。しかし、今回は従来の金融機関に並び暗号資産交換業者が初めて審査の対象となる。国内では交換業者のハッキング事件が相次ぎ、世界的にも日本は対策が甘い印象が強くなってしまっているが、問題なく審査を通過し前評判を覆すことができるだろうか。注目が集まる。
このように暗号資産に関するマネロン対策は、6月に大阪で開かれたG20においても議論され、早急に対応すべき問題として世界的な話題となっている。そこで、以下では暗号資産を使ったマネロンがこれまでの手法と一体何が違うのか、そもそも対策は可能なのか等について考察する。国際金融基金(IMF)の推計によれば、マネロンの規模は世界GDPの2%〜5%、つまり日本の一般会計予算の2倍近くにもなる200兆円規模と言われている。犯罪組織だけでなく各国の富裕層もまた同様の手口で税逃れを企む今の時代に、この問題を無視することはできない。
手法は多様化するも、プロセスは変わらず
マネー・ローンダリングは資金洗浄とも言われ、違法に得たお金の出所や所有者を秘匿し、それを合法に得たお金に見せかける行為を指す。例えば、麻薬売買や違法賭博、詐欺などで得たお金は、そのまま使うと警察捜査の網にかかる恐れがあるため、どうにかして合法経路で自分の手元に入れなければならない。その手法は問題が顕在化した20世紀後半から社会がデジタル化するにつれて多様化しているが、「違法マネーを合法の経済システムに紛れ込ませ、仮装取引を行い、資金を回収する」という基本的なプロセスは今も変わらない。
最終プロセスとして現金回収が好まれることも然りである。現金は強い匿名性を備えている。自分が保有する現金を見ても、それが過去に誰によって何に使われたのかを知ることはできない。また、自分が現金を使った場合でも、その事実そして内容が第三者に伝わることはない。つまり、関係者間の現金取引だけでマネロンが完結するならば、それを防ぐ術はほとんど残されていないということだ。しかし、私たちが住む世界には国境という壁が存在し、私たちが行う経済活動には様々なステークホルダーが絡む。だからこそ、協力して対策を講じることができる。
暗号資産を使ったマネロンは関係者間だけでの完結が実質可能
これまでのマネロン手法では、資金をオフショア口座に逃すにせよ、株式や債券、不動産、贅沢品、金券あるいはカジノチップに換えるにせよ、金融機関を代表とする第三者機関が関わり取引を審査・記録してきた。また、現物を海外に持ち出す際には国ごとの税関が目を光らせ厳しい監視にあたってきた。つまり、企業と国がマネロンの防壁だったわけだ。
しかし、暗号資産の場合にはこれらの壁を簡単にすり抜けることができる。取引所を介した売買であればユーザーのリスク評価や取引の監視等対策を打つことができるが、取引所以外にも個人ウォレットを使った相対取引など企業に頼ることのない取引手段が暗号資産には残されている。また、銀行におけるSWIFTのように決められたネットワークシステムが存在せず、グローバルなインターネット内の仕組みである為、国境という枠に縛られることはない。このように、暗号資産には企業と国では監視しきれない領域が存在している。
そこで、この世界において企業や国に代わり全てを監視するのがブロックチェーンだ。違法取引を含め全ての取引がそこには記録されている。では、ブロックチェーンネットワークを企業や国が監視すれば良いではないか、ということになるが、話はそう単純ではない。アドレス自体の匿名性が高い上に、比較的容易にそれを量産することができてしまう。また、アドレスや送金先、送金金額など取引内容を秘匿する暗号資産が中には存在し、実際にモネロ(XMR)などはダークウェブ上で闇取引に使われているとの指摘もある。現状、暗号資産を使ったマネロンには幾通りもの抜け道があるのだ。
暗号資産の悪用方法が世に広まったシルクロード事件
ここで、暗号資産の悪用方法を世に広めることになったシルクロード事件について簡単に紹介する。シルクロードとは、Deep Webと呼ばれる通常のWeb検索ではアクセス不能な領域に立てられたマーケットプレイスである。2011年に開かれたこのサイトでは、薬物やウイルスソフト、個人情報などの違法売買が行われ、その決済手段としてビットコインが使われていた。事件が明らかになった2013年頃は、今以上にビットコインの用途が不明であったが、これにより暗号資産を使った違法行為の可能性が示された。
結局、FBI捜査によりシルクロードは閉鎖されることになるのだが、驚くべきはサイト創業者以外の違法売買に関与した参加者については、ほとんどが捕まっていないということである。この事実においても、暗号資産×匿名性がいかに犯罪の可能性を秘めているかがわかるだろう。シルクロード事件以降、似たような闇サイトの立ち上げは後を絶たず、今でもFBIと闇サイトとの戦いは続いていると言われる。この事件を受けて、暗号資産を悪ととるかどうかは個人次第であるが、悪だからと言って全てを否定するのはナンセンスである。事件の原因をビットコインの性質に求めるのであれば、私たちはインターネットそのものを閉鎖せざるを得なくなる。負の側面を理解した上で対策を考えることが重要なのだ。
犯罪対策と技術進歩の終わらない鼬ごっこ
最後に、暗号資産を使ったマネロン対策は可能であるのかを考える。現状、国内取引所に対してはFATFや犯収法、自主規制規則などによって、顧客の本人確認や疑わしい取引の届出、取引記録の保存等一定の対策がされている。しかし、個人ウォレットなどについては明確な規制は敷かれていない。また、海外に目を向ければ、海外業者を日本の法律で縛ることには限界があり、裏では多くの暗号資産ユーザーが海外発の取引所やウォレットを当たり前のように使っている。ここからわかることは、ウォレット業者も規制すればよいということではなく、取引所だけに限っても各国の協力なしには暗号資産を使ったマネロン対策は不可能であるということだ。
暗号資産を使ったマネロン対策の鍵があるとすれば、それはやはりブロックチェーンそのものだろう。企業や国がどこまでネットワークを監視できるかという問題は明らかではないが、国内でも株式会社BUIDLが交換業者向けにAML/CFT対策の為のアドレスリスク分析ツールを発表しており、このようなサービスは今後世界的に増えると思われる。また、監視プラットフォームとしてのブロックチェーン企業が現れてもおかしくない。個人あるいは企業が監視者として参加し、その活動に対して報酬が支払われるという設計も考えられる。ただし、異常取引の検知については専門性が問われる分野である為、その実現可能性については何とも言えず、あくまでアイデアとしての話だ。
いずれにせよ、仮に暗号資産に関する世界統一規制や企業あるいは国によるブロックチェーン監視体制が整ったとしても、マネロンなどの犯罪を完全に防ぐことは不可能だろう。それは暗号資産に限った話ではない。これまでの歴史を振り返っても、フィンテックをはじめ技術進歩によって犯罪の手口は多様化してきた。国ないし国際機関で対策を講じたと思ったらまた新しい手口が現れる。いつの時代も犯罪対策と技術進歩のいたちごっこは終わらないのだ。とはいえ、時代ごとに犯罪を最小限に減らす対策は考えなければならない。今はその試行錯誤の段階にある。