世界で得た総合知を武器に業界で勝負する商売人:株式会社HashHub 平野淳也

松嶋真倫

ビットコインが世間的に注目を集めるずっと前から精力的に業界の情報配信を続けてきた人たちがいる。その内の一人が平野淳也氏だ。暗号資産・ブロックチェーンに興味を持ち始めた人であれば一度は目にしたことがある名前だろう。学生時代に立ち上げた貿易事業の売却後にノマドワーカーとして世界を渡り歩き、現在は株式会社HashHubの代表取締役を務める同氏は、業界や社会に対して今何を想うのか。考えを聞いた。

1991年生まれ。学生時代に創業した貿易事業を売却後、2014年から暗号資産業界に。ノマドワーカーとして情報配信を中心に活動する中、2018年4月に業界に特化したコワーキングスペースの運営と自社プロダクトの開発を行う株式会社HashHubを共同設立。現在は代表取締役を務める。同年7月には、暗号資産・ブロックチェーン領域でのリサーチ業務を行うオンラインコミュニティ、合同会社d10n Labを創業。その他、エンジェル投資家としても活動する。

起業家というよりは商売人

「暇つぶしで商売を始めた」と話す平野氏は、高校時代に修学旅行を休むほどアルバイトに打ち込み、そこで貯めた約100万円を原資にもともと興味があった古着商売を始めた。最初は手探りであったが、買付のためにフリマに足を運ぶと国内外のバイヤーたちと繋がり、マーケットは自然と広がっていったという。ヴィンテージ服は年代やアイテムによって相場が決まっている為、「利ざやを抜くだけの商売は難しくなかった」と平野氏は当時を振り返る。

18歳にして一人で始めた商売は順調に拡大し、大学に入ると従業員の数も増えて古着以外の商材も手掛けるようになった。それに伴い貿易のネットワークもアジア・アフリカの新興国を中心に拡大し、国内外の人と仕事のやり取りをする中で、気づけば平野氏にとって「友だち=一緒にビジネスをする人」になっていたという。商売を暇つぶしで始めた同氏は、起業家として利益に追われることもなく、無意識のうちにワーク・アズ・ライフの生活を構築していたのかもしれない。この間に培われた商売人気質は今に活きており、起業家のイメージが強い平野氏だが「僕は起業家というより商売人」と自身で語る。

法定通貨に代わる新しいお金のフォーマットはあって然るべき

平野氏は貿易事業を営む中で国際送金手続きの煩雑さや海外での銀行口座開設の難しさなど既存金融の不便を感じることが多かった。ケニアでは理由もなく急に半年間口座が凍結されることもあったという。また、新興国では口座すら持つことのできない人が未だに多い状況で、既存の金融システムの上では政府が対策するにも限界がある。ギリシャやジンバブエなど経済危機に瀕した国も目にし、平野氏は「法定通貨に代わる新しいお金のフォーマット(通貨制度)はあって然るべき」と考えるようになった。

そんな時に出会ったのがビットコインである。最初は国際間取引を効率化しうる送金手段という印象を持ったが、調べるうちに国や銀行といった管理体なしに通貨として動く仕組みそのものに興味を持つようになったという。平野氏は貿易事業を売却後、新興国を中心に世界を一人旅して回った。「当時の生きる原動力は知的好奇心であった」と話す平野氏は旅の中で、国家とお金そして現地生活と暗号資産のアダプションについて様々考えを巡らした。「ビットコインはまず新興国から普及していく」とその時は考えていたようだ。

ステート共有マシンとしてのブロックチェーンが新しい経済圏を創造しうる

改めて平野氏が考える暗号資産・ブロックチューンの強み、面白さは何かと聞くと「ステートの共有やプログラムによる行動の制限によって新しい経済圏を創造しうること」と答えた。これまでのインターネットの世界では、企業や国といった限られた枠でしかガバナンスを効かせることができず、その間の情報のやり取りにも様々な障害が存在した。しかし、ブロックチェーンを使うことで、特定の管理者なしにコードによって人の行動を緩和・制限しながら、任意のコミュニティ内であらゆる価値をやり取りすることができる。

「今ある業界企業の中で最も興味深いのはBinance」と平野氏は話す。Binanceは独自通貨Binance Coin(BNB)を巧みに使った様々な取り組みを構想・展開している。その中で平野氏が注目する最近の取り組みは独自ブロックチェーンBinance Chain上に開発される分散型取引所Binance DEXだ。既存のBinance取引所からDEXへの移行が進みメインプロダクトが切り替わると、手数料収入を主な収益源としてきた株式会社としてのBinanceの在り方が大きく変化する。Binanceが「株式会社からコミュニティへ」と度々口にするように、プロダクトオーナーシップを分散させることによって、そこにはBinanceの利益がBNB価値に依存した新しい企業像そして経済圏が出来上がる。業界でコミュニティや地域経済に取り組むトークン発行企業は散見されるが、Binanceは既存社会の枠組みで基盤を整えた上で新しい経済圏への挑戦をしている点でそれらとは一線を画している。

金融と非金融の融合により新しい“金融”レイヤーが誕生する

「資本主義は経済のパイの分け方を知らず、社会主義はパイの広げ方を知らない」という世界有数のトップファンドマネージャーとして知られるRay Dalio氏が今の資本主義の構造的欠陥を説いた言葉がある。

ブロックチェーンの文脈においても資本主義やお金の在り方の変化が議論されることがあるが、平野氏は「ブロックチェーンの文脈では資本主義の問題は解決されない」との立場を取る。ブロックチェーンはよくインターネットの再来に例えられ、同様に市場が拡大していくことを見越して多くのプレイヤーが収益機会を求めて市場に参入してきており、むしろ資本主義の権化と言える。平野氏はこのような風潮を見て「これからできる新しい経済圏を過去にあったものと比較するのは陳腐でナンセンス」と持論を述べる。そんな平野氏は世の中の些細なことから社会構造の変化の兆しは感じているようだ。例えば、「Bill GatesやZuckerbergといった大金持ちに憧れを抱く若者の数は一昔前に比べれば確実に減っている」と話す。

ブロックチェーンは資本主義の問題を解くことはないが、新しい金融の概念を生み出すと平野氏は予想している。ブロックチェーンによって、不動産や著作権、ゲームアイテムなどあらゆる分野における価値がトークンとして値付けされ、プラットフォーム上で自由にやり取りされることになれば、それは金融の規制を逃れることができない。このように金融と非金融とが融合する形で新しい“金融”レイヤーが近い将来に出来上がる。ブロックチェーン×金融の話をした時に、「ビットコインは将来的に法定通貨に並ぶ通貨になる」と主張する人も業界では一定数見られるが、平野氏は「ビットコインはじめ暗号資産は通貨ではない」と言う。

どんなビジネス環境であっても適応してやり切る

平野氏はノマド的生活を経て、2018年4月に業界特化型のコワーキングスペースを提供する株式会社HashHubを共同設立した。同社は、表向きはコワーキングスペースだが、その他にも自社開発や企業コンサル等色々な案件に取り組んでおり、特にリサーチ面では国内業界においてトップシェアを誇るという。この業界は、金融やITの知識だけでなく英語メインの情報収集能力も求められ、リサーチコストが極めて高いが、同社は優秀なリサーチチームを社内に抱え、質の高いレポート作成および提供を行っている。

平野氏は、国内の暗号資産・ブロックチェーン業界がスケールしない問題の一つとして、海外と比べた時の業界内プレイヤーの基礎能力の低さを挙げる。アメリカで言えば、世界トップクラスの大学に通い、GAFAのインターンに参加し起業するような人たちが業界に参入してきている。隣国の韓国と比べても、日本は人口が倍以上であるにもかかわらず、国内取引所のバリュエーションが韓国の取引所より少ないという事実がある。日本は規制を締め付けすぎた、と言ってしまえばそれまでだが、実際に世界を見て回った同氏だからこそわかる国内業界への危機感を抱きながら「どんなビジネス環境であっても適応してやり切る気概を持たなければならない」と語る。

インタビューを通じて確かに感じたことがある。それは平野氏が昔と変わらぬ商売人気質を備えながら、今はただの暇つぶしではなく社会貢献として、この業界でビジネスをしているということだ。ここでの”商売”は利ざやを抜くだけの簡単なものではない。しかし、平野氏は一人で世界を旅した末に、そこで得た総合知を武器に再び“友達”を巻き込んで新しいマーケットで勝負することを選択した。そんな生粋の”商売人”は今後株式会社HashHubを通してどのようなサービスを展開し社会に貢献していくのだろうか。

※ 本インタビューは、2019年5月に実施しました。

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